保育士の仕事と子育てで、 忙しい毎日を送る中岡さん。 ある日、娘さんをきっかけに 母娘四世代で一緒に歌います。 声を合わせたその瞬間、 こみ上げてきたのは----。

 

 

私は保育士として10年働いてきましたが、長女を生んだときは、大勢の子たちをスタッフで連携をとりながらみるのとは違って、夫の協力はあるものの、家事育児をほぼ1人で担う母親という役目の大変さに毎日追われていました。

 

3年後には次女が生まれ、次女が1歳を迎えた頃、仕事に復帰すると、忙しさはさらに加速し、ゆっくり椅子に座る時間もないほどでした。子どもが病気のときに休んで迷惑をかける分、出勤できる日は精一杯働こうと人一倍働いていたので毎日クタクタで、娘たちにゆったりと関わる気持ちの余裕をもてずにいました。

 

さらに、長女は4歳になる頃から、いたずらや要求が増え、叱ってばかりでした。仕事では冷静になれるのに、自分の娘たちには優しくできず、寝る前に「怒ってばっかりでごめんな」と泣いて謝りながら抱きしめ、反省することも増えました。保育士なのに、なんて情けないんだろう......と自己嫌悪に陥っていました。

 

その頃、祖母が実家の近くの有料老人ホームに入居することが決まりました。介護が必要な祖母に、母が毎日会いにいけるようにするためです。祖母が新しい住まいに慣れて落ち着いた頃、娘たちを祖母に会わせるため、一緒にホームへ行きました。

 

母はその日も祖母のそばにいて、「お母さんのひ孫やで」と2人の娘を紹介してくれました。長女は園で習った"富士の山"をひぃおばあちゃんに聞いてもらうと、はりきって歌い始めました。

 

長女が「あたまを雲の~」と歌いだしました。すると、それを聞いた祖母が一緒に歌い始めたのです。先ほどまで、いくら教えても娘たちの名前と歳をすぐに忘れてしまい、何度も同じ質問を繰り返していた祖母でしたが、一度も歌詞を間違うことなく「富士は日本一の山」と最後まで歌い切ったのです。

 

幼い頃に覚えたことは忘れないのでしょうか。私は「おばあちゃん、よう覚えてるなあ」と驚き、今度は母と私も混ざって、母娘四世代で一緒に歌いました。次女はその間、私の膝の上でにこにこ笑いながら聞いていました。それは、心あたたまる幸せな時間でした。

 

今、こうしてここにいる。命をつなげてこられたことは、なんて尊く、幸せなことなんだろうと思い、思わず涙が出ました。母と祖母への感謝を改めて感じ、私も娘たちをしっかり育てていこうと心から思いました。

 

現在、長女はもうすぐ6歳、次女は3歳になります。次女は2歳になった頃から、自分でできることがぐっと増え、病気になることは減りました。姉妹で楽しみながら遊ぶことも覚え、その間に家事を済ませることができるので、ゆったりと関わることができるようになりました。

 

振り返ると、あっという間ですが、そのときは必死で「こんな子育てでいいのだろうか」と自分を責めてばかりいました。でも、一生懸命に頑張ったことは自信になり、悩んだことは経験となり、仕事の場でも、保護者の方に共感できるようになりました。

 

娘たちは私にたくさんの喜びを与えてくれ、人生を豊かにしてくれています。私も娘たちの記憶に、たくさんの喜びと幸せなひとときが残るように向き合っていきたいと思います。

 

中岡かおり(大阪市住吉区・37歳・保育士)

 

 


 

のびのび子育て

「PHPのびのび子育て」は未来を担う子どもたちの健全な成長と幸せを願って、発刊している月刊誌。 2016年5月号の特集は<ちゃんと「話が聞ける子」に>です。

 

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