お弁当がもつ驚きのパワーとは?佐藤剛史著『すごい弁当力!』の一部をご紹介します。

 

 

 

 

「弁当の思い出は?」と問われて、あなたは何を思い出すだろうか。

 

弁当の思い出が全くないという人は、おそらくいないだろう。みんな何かしらの思い出があるはずだ。

一昨日の夕食は思い出せなくても、弁当の思い出は、鮮やかによみがえる。心の中に弁当の思い出が刻まれている。それが弁当の力だ。

私の弁当の思い出はこうだ。

 

高校時代。

毎日、母が作ってくれた弁当を持って、大分市の上野丘高校まで通った。高校には学食があって、うどんやカレー、カツ丼などを安く食べられたが、ほとんど利用しなかった。毎日、学校に出かける前には、ちゃんと弁当が準備されていて、当たり前のように、それを持って通学し、当たり前のように昼休みにそれを食べた。土曜日でも、日曜日でも、学校で弁当が必要な時にはちゃんと作ってくれた。

友達の中には、学食を利用する友達もいたし、売店で買ったパンを食べている友達もいたが、それについて「うらやましい」とも「俺は手づくり弁当なんだ、いいだろ」とも思わなかった。

母は「友達と一緒に学食が食べたかったら言うんよ。お金あげるけん」と言ってくれたが、ほとんど学食は利用しなかった。当たり前のように、弁当を持って通学し、当たり前のようにそれを食べた。 当時、私は、白ご飯があまり好きではなかった。

正確に言えば、何か、味が付いたご飯の方が好きだった。だから母は、よくご飯とご飯の間にシソ昆布を入れてくれたり、いわゆるノリ弁当のように、カツオブシと醤油で浸した海苔をご飯の上にのせてくれたりした。

特に好きだったのは「肉のせご飯」だった。焼いて、甘辛く味付けした薄い豚肉を白ご飯の上にのせた弁当だ。豚肉の上には、必ずゴマがふられる。焼き肉とも違う、ショウガ焼きとも違う、我が家独特の、母独特の味だった。甘辛いタレの味が、ご飯に染みこんでいるのが好きだった。たまの「肉のせご飯」が本当に嬉しかった。

その日も「肉のせご飯」だったのだが、学校についてカバンを開けて愕然とした。弁当箱の閉め方が悪かったのか、母がいつもより多くタレをかけすぎたのか、弁当の汁がカバンの中にこぼれていて、教科書やノートが汚れていた。

頭の中は母への怒りでいっぱいになった。

一日中不愉快で、大好きなはずの「肉のせご飯」も美味いしいとは感じなかった。「なんでこんな弁当を作るんか!」とか「もう二度と弁当は持っていかん!」とか、そんな考えが頭の中をグルグルと回った。

帰宅後、その感情をすべて母にぶつけた。

母は、「ごめんねぇ、次から気をつけるけん」と私に謝った。

私は、あの日の自分を殴りたい。

 

今でも、私は「その日の弁当」の思い出を抱えながら生きている。母への思いを抱えながら生きている。

みんなそうなのだと思う。

人に「弁当の思い出は?」と問うと、エピソードがあふれてくる。

弁当にはそんな力がある。

私はこれを「弁当力」と呼ぶ。

弁当力とは、弁当を美味しく、手早く、きれいに作る力ではない。

弁当力とは、弁当そのものが持つ力だ。

そして弁当づくりを通じて成長し、自らの三食、毎日、人生をより豊かに、ハッピーにしていく力だ。

 

(「はじめに」より)

 

 


 

 

【本書のご紹介】

 

 

 

すごい弁当力!

 

『すごい弁当力!』

母の不恰好なおにぎり、父が「おいしかったよ」と言ってくれた私の手作り弁当――弁当にまつわる思い出からその効力を実感できる一冊。

 

母の不恰好なおにぎり、父が「おいしかったよ」と言ってくれた私の手作り弁当――弁当にまつわる思い出からその効力を実感できる一冊。

 

【著者紹介】

佐藤剛史(さとう ごうし)

1973年、大分県生まれ。九州大学大学院農学研究院助教。研究だけでなく、市民参加型のまちづくり、食育などの実践活動にも精力的に取り組んでいる。年間の講演、ワークショップの回数は100回を超える。新聞掲載、テレビ・ラジオ出演も多数。

主な著書に、『大学で大人気の先生が語る<恋愛>と<結婚>の人間学』(岩波ジュニア新書)、『ここ―食卓から始まる生教育』(内田美智子と共著、西日本新聞社)、『自炊男子―「人生で大切なこと」が見つかる物語』(現代書林)などがある。