映画『うまれる』は、妊娠・出産・育児を通じて、私たちがうまれてきた意味や家族のあり方、そして“生きる”ことを考えるドキュメンタリー映画です。今回は、自ら企画・監督・撮影を担当された豪田トモさんに、映画がうまれた背景などについてご紹介いただきます。

             (映画『うまれる』パンフレットより)

 

 

  

■映画『うまれる』がうまれた理由

 

自分は愛されているんだろうか……。

 

自分はほんとうにこの父親と母親の子どもなんだろうか……。

 

物心ついた時から、僕はそう思っていました。

 

僕には四歳年下の弟がいるのですが、右の目が半分開かない状態でうまれてきたことから、ずっと入退院と手術を繰り返していました。当然のことながら、弟に手問がかかったために、精神的にも、物理的にも、両親が僕の側にいてくれる時間は少なかったんです。

 

母親は弟のことで精いっぱい。父親は仕事で精いっぱい。だから、僕は「親の愛情」というものを、何だかよく知らずに育った気がしています。

 

そんな状態が続くうちに、そもそも自分の存在価値がよくわからなくなってしまいました。

 

自分はなぜうまれてきたのか、何のために生きているのか――。

 

 

 

■結婚もしたくないし、子どもも欲しくない

 

両親は弟の面倒はよく見ていましたが、基本的に不仲でした。おそらく、弟がいなかったら、もう別れていたんじゃないかな。

 

両親は仲が悪い。自分に愛情を注いでくれない。で、僕も反発する。口を開けば喧嘩ばかり。思春期の僕の心はズタズタでした。お父さんとお母さんの姿を見ていて、結婚っていいものだなって思えなかったし、だから子どもが欲しいと思ったこともありませんでした。「家族」というものが、よく分からなかったんです。

 

知らず知らず両親に対して否定的な感情を抱くようになり、反抗期も長引きました。いや、それはつい最近まで続いていたような気がします。

 

三十歳前後になると、まわりでは、「そろそろ親孝行」なんていっている人たちがいたんですが、僕には「親孝行」という概念が理解できませんでした。どうして何もしてくれない、自分を愛してくれない親に、返さなきゃいけないの? って思ってたんです。

 

いまここで父親が死んだら、母親が死んだら、自分は泣けるんだろうか? と真剣に考えたことが何度もあります。もうすぐ三十歳になろうとしているのに、周りと違って親に感謝できない自分が恥ずかしかった。

 

なぜ僕はこんな人間になってしまったんだろう……。

 

(次回につづく)

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【映画『うまれる』のご案内】

 

映画『うまれる』は、妊娠・出産・育児を通じて、私たちがうまれてきた意味や家族のあり方、そして。生きる“ことを考える、ドキュメンタリー映画です。

「命は尊い」「家族は大切だ」頭で分かってはいても、心で感じる機会は、どのくらいあるものでしょうか?

自分が親を選んだのかもしれない、うまれてくるってすごいことなんだ、僕らがここでこうして息を吸っていることが、どれだけ奇跡的なことなのか。

こんなことを実感できたら、僕みたいに親子関係を改善できる人がいるかもしれないし、生きる目的が分からなくなった人も、もう一度明日から頑張ろうって思えるかもしれない。

映画『うまれる』は、見ていただいた方々の全細胞の隅々にまで、いのちのすごさが染みわたる、そんな映画にしたいと思い、毎日、魂を込めてつくってきました。

ぜひ、映画館でご覧ください。

 

●ナレーション  つるの剛士

●企画・監督・撮影  豪田トモ

※公式ホームページ http://www.umareru.jp/

 


 

『うまれる』

妊娠・出産をめぐるさまざまなドラマ。

いのちの意味、親子・夫婦の関係の大切さ。

  豪田トモ著

  PHP研究所