今、わが家の2歳の愛娘は、毎日元気にはしゃぎまわり、歌って踊ってかわいさ100%の日々を過ごしています。  。.。.

 

 

出産して間もなく、私は「働きたいな」と、夫にいつも話していました。夫は「働きたい気持ちには賛成だし、協力するよ」と言ってくれていました。そして私は、出産前まで勤めていた会社で、パートとして働いたことがありました。

 
娘がまだ3カ月ごろのこと。車で40分ほどのところに夫の勤め先があるのですが、夜7時ごろ夫を会社に送っていかなければならなくなりました。幸い、私の実家が隣に建っているため、「往復で1時間20分も、娘をチャイルドシートに座らせておくのはかわいそう」と思い、両親に娘を預けて夫を送っていくことにしました。
 

家を出発して20分ほどして、私の携帯電話が鳴りました。すでに娘が号泣しているとのこと。完全に母乳で育てていたため、哺乳瓶は一切受けつけない娘。私の母は、「歌ったりおんぶしたりだっこしたりして、なんとかしてみるから」と言って電話を切りました。
 

夫を会社に送り届け、無事、家路につきました。「大丈夫かなあ……」と不安でいっぱいの私。実家に行くと、号泣して大粒の涙を流している娘。両親はホッとした様子で私にバトンタッチしました。

 

ところが、「おっぱいだろうな」と、私が飲ませようとしても、娘はいっこうにおっぱいを吸おうとしません。パタッと泣きやんだものの、抱っこされながら私の目をじっと見つめています。「あ〜、う〜」と、何か私に話しています。「ママ、どこに行っちゃったの? ママがいなくなっちゃうと思って寂しかったよ」と言っているように聞こえました。私はとにかく娘の目を見て、10分くらい娘の思うままにお話させていました。そうしたら、満足したのか、おっぱいを吸い始め、すやすやと眠りにつきました。


それから2年近く経ち、仕事を再開する日の朝6時、いつもは起きない娘が目を覚まし、「おっぱい、おっぱい」と言ってきました。私は夫と自分の分のお弁当を作らなければならず、おっぱいをあげている時間はなかったのですが、「今日からママは仕事で家にいなくなる」と、娘なりに察して甘えてきたのだろうと思い、おっぱいをあげてもう一度眠りにつかせました。 
 

それから1時間くらいして、夫と私は仕事に出かけなければならない時間になりました。娘を起こし、娘の着替えや朝ごはんを持ち、隣に住む私の実家に預けに行きました。「ママ、お仕事に行ってくるね。ばーたん(ばあちゃん)、じーたん(じいちゃん)と遊んで待っていてね」と言った私に、寝起きの娘は「バイバイ」と手を振ってくれました。
 

なんだか後ろ髪を引かれながら、出勤。お昼の休憩時間に、実家に電話をしたら、母は、「一緒にお利口さんに遊びまわって、今、お昼ご飯をたくさん食べているよ。心配しないでね」と言ってくれました。そして娘にかわると、ただ受話器を握って話をしたかっただけかもしれませんが、「ママ〜、なっちゃんだよ。バイバイ〜」と言ってくれました。その言葉、声を聞いて、娘と離れて仕事に来ていて、娘より自分が不安でいっぱいだったんだなと感じ、泣きそうなくらい、胸が熱くなりました。
 

そんな再出発のパートの仕事を始めて、1週間くらい経ったころのことです。いつものように仕事が終わり、実家へ娘を迎えに行きました。ちょうど娘と母は、お昼寝から起きておやつを食べていました。「ただいま」の声に、「おかえり〜」と娘が全力で走ってきて私に抱きつくのも、私の母が1日のできごとを話してくれるのも定番になっていました。
 

その日、母がびっくりした顔でこう話してくれました。「今日、お昼寝する時に、なっちゃん何て言ったと思う? 『お昼寝から目が覚めたら、ママがお仕事からただいまって帰ってくるもんね』って。まだ小さいのによくわかっていて、びっくりしたわよ」。「ええ!? そんなこと言っていたんだ!」。
 

驚きのあまり、娘に確認しました。娘は笑顔で「うん、そうだよ〜」と返事をしました。3カ月のころのできごとから娘は成長しているんだ、娘の気持ちはちゃんと存在しているんだ、ということを再確認し、感動しました。
 

今年の誕生日で3歳になる娘に、今度は「お姉ちゃんと一緒に、ママの帰りを待っていようね」と言わせてあげたいなと思っています。ひとりじゃなくて弟や妹と一緒に。その時がくるまで、ママがお出掛けしなければいけない日はばーたんとじーたんと仲よく、お留守番していてね。

 

夏川はなみ(青森県十和田市 33歳 主婦)

  のびのび子育て4月号「あたたかな日々」第10話

~子どもの成長におどろいた話~  より 

 


 

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