それは母のひと言から始まりました。


息子が1歳を過ぎた頃から、保育園に入園させてフルタイムで働き始めた私。息子の年齢が上がるにつれて、なんとなく育てにくさを感じ始めていた頃でした。 

 

 

息子の3歳児検診を控えたある日、息子と2人で実家へ遊びに行ったときのことです。母がいつになく厳しい顔つきで私に1冊の本を手渡しました。それはADHDの子どもの特徴や接し方について詳しく書かれた本で、当時はテレビでも、ADHDの大人もいるなどと話題になっていました。


母はすでにその本を読んでいて、息子の行動について思いあたる箇所にふせんがはってありました。読んでみると、まさしく息子の症状と同じだったのです。
 

「落ち着きがなく、人からの指示が通らない」「集中力が続かない」……。私が気になっていたことのどれもが、ADHDの症状としてそこに書かれていたのです。
 

母からも、
「もしかして○○くん、ADHDなんじゃない? 病院で一度調べてもらったら?」
と言われました。
 

そこで私は、発達障害の科のある病院へ行き、発達検査を予約しました。しかし、受診する患者が多いということと、近くに専門の病院がないということもあり、3カ月後にようやく検査を受けることができました。

 

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季節は夏から秋に差しかかった頃、検査結果を夫と息子と3人で、病院へ聞きに行きました。医師の診断は、「多動を伴う広汎性発達障害」。覚悟はできていたつもりでしたが、その日の夜は、1人布団の中で涙が止まりませんでした。


でもいつまでも泣いているわけにはいきません。まずは病院で勧められた発達支援センターに見学に行きました。
 

実家の母に結果を伝えると、
「あの子の母親はあなただけなのよ。あの子を一人前にしてやれるのもあなただけなの。私たちも生きている限り協力するから、がんばりなさい」
と言われました。私の気持ちが前向きになれたのも、母のこの言葉のおかげです。
 

あともうひとつ、私を支えてくれた言葉があります。診断を受けてから、発達支援センターへの見学、手続きも一段落した頃、夜に息子と、布団の中で会話をしていたときのことです。息子が少し静かになったので、
「もう寝たのかな?」
とふと顔を見てみると、私を見つめて、
「ぼくなあ、ママのお腹にまた入って、また入ったんよ」
と言ったのです。私は息子の言葉にとにかく驚き、そして涙が溢れてきました。
 

じつは私は、息子を授かる前に2度の流産を経験しました。そして3度目の妊娠で、ようやく無事にわが子を抱くことができたのです。
 

「ママのお腹にまた入って、また入った」ということは、1度目も2度目も私を母として選んでくれたということなのでしょうか。
 

流産のことは息子に話していません。そのことを知るはずもない息子の言った言葉が、張りつめていた私の気持ちを温かく包んでくれました。ほんとうに不思議な体験でした。


 

*  *  * 

 

あれから2年の月日が流れ、息子は5歳になりました。将来に不安がないと言えば、嘘になります。でも、私たち親子はゆっくりですが、少しずつ前に進んでいます。
 

今、私が息子にいちばん伝えたい言葉。それは、
「お母さんを選んでくれてありがとう」
心からそう思います。

 

子守泰代 (岡山県倉敷市 32歳 会社員)

  PHPのびのび子育て5月号「あたたかな日々」第11話

~私を励ましてくれた家族の「ひと言」~  より

 


 

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