「ウチで働かない? 子どもは連れてきていいよ」


出産して、しばらく社会から離れていた私に、そう声をかけてくださったのは、夫がお世話になっている会社の社長さんでした。

 

 

当時、娘は9カ月。季節は2月でした。私は、「娘が1歳になったら仕事をしたいな」と考えていたので、予定より少し早かったのですが、復帰するチャンスだと思いました。


でも、娘はまだ授乳中の赤ちゃんです。「この子を連れて行って仕事ができるのかしら? 他のスタッフに迷惑がかかるのでは? やインフルエンザが流行っている時期だから、3月に入ってから出勤しようか?」と迷いましたが、 「とりあえず、やってみよう」と、私は覚悟を決めて、次の週から出勤しました。


初日は、慣れない場所と初めて会う職場のスタッフにおびえて、娘は泣いてばかり。午前中は全く仕事ができませんでした。それでも、2日目、3日目と通うにつれて、1人でもおもちゃで遊べるようになりました。私はというと、久しぶりに仕事をするのが楽しくて、社長に「続けられそう?」と聞かれ、迷わず「はい」と答えていました。


娘と一緒に仕事に行くようになって何週間かっ経ったある日、店に来たおばあちゃんに、
「こんなところに赤ちゃんを連れてきて、かわいそう」
 と言われました。そのときは別に気に留めなかったのですが、次の日の夜、娘が39度の熱を出したのです。


顔を真っ赤にして、苦しそうに咳をしている娘を見て、「ああ、こんなに幼い子を職場に連れて行った私がいけなかった。自分がしたいことを優先させて、私は母親としての自覚があるのか。本当にかわいそうなことをした」と自分を責めました。あのおばあちゃんの「かわいそう」という言葉が頭の中でいっぱいになりました。
 

近くの小児科へ連れて行くと、インフルエンザは陰性。「風邪でしょう」と言われました。ほっとした気持ちとともに、どっと疲れが出てきました。前日の夜、ほとんど眠れなかったからです。今から考えると笑い話ですが、そのときが娘の生まれて初めての発熱だったため、私は体調が急変しないか一晩中気を張り詰めて見張っていたのです。そして、娘は数時間おきに何度も目を覚まして泣くので、私は、夫を起こさないように気をつかいながら、リビングで何時間も抱っこをして一夜を明かしたのでした。
 

会計を待つ間、湯たんぽのように熱い娘を抱きしめながら、「やっぱり、私にはまだ復帰は無理だったんだ……。今回は、あきらめよう。明日、社長にそう言おう」と考えていました。しかし、ふいに、体がしんどいのと、悔しいのと、残念なのと、いろんな気持ちが混ざって、涙が出てきました。
 

すると、私の様子に気付いた看護師さんが驚いた様子で、「どうしたの?」と聞いてくれました。私は、職場に娘を連れて行っていること、娘がもっと大きくなってから仕事を始めれば良かったと後悔していること、娘が風邪をひいたのは自分のせいだと思っていることを話しました。
 

看護師さんは、

「風邪をひく時はひくのよ。買い物に連れて行っても、もらうことだってあるんだから。子どもが大きくなってから働き始めても一緒よ。それより、子どもを連れて来ていいよと言ってくれた職場に感謝して、働くと決めたのなら、自分を信じて頑張りなさい。子どもは風邪をひいて免疫をつけていくのよ。風邪ぐらいひいたってだいじょうぶよ。私もね、働きながら子どもを3人育てたのよ」

と言ってくれました。私は涙が止まりませんでした。「本当にそうだなあ。娘も、私もこうやって免疫をつけていくんだ。私も、もっと強くならなきゃ……」と思えました。
 

その後、娘が1歳になると、近くの保育園に預けることができたので、一緒に通勤することはなくなりましたが、私は今も同じ職場で働いています。あのときまだ歩けない赤ちゃんだった娘も、この春で3歳になります。仕事と家事の両立に疲れて、やめたいと思ったことは何度もあります。特に、娘が病気をしたときは、「なんのために働いているのだろう」と思うこともあります。でも、今まで続けられたのは、職場の皆さんの理解と、私と夫の両親の支え、夫のサポートがあってのことだと実感しています。そして何より、「働くと決めたのなら自分を信じて頑張りなさい」というあの看護師さんの言葉が、いつも胸の中にあります。
迷い、不安な気持ちの中、復帰して一歩目でくじけそうになった私に「子どもがいたって働いていいんだよ」と背中を押してくれたあの看護師さんに、今でも本当に感謝しています。
 

 

牧やよい(鹿児島県曽於市 32歳 パート)

「PHPのびのび子育て」6月号「あたたかな日々」第12話

~負けそうな私を立ち直らせてくれたできごと~  より

 


 

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