4歳になった息子はやんちゃ盛り。毎日ヒーローの真似をしては飛び回り、家の中を所狭しと駆け回っています。最近の口癖は「僕が一番」。椅子に座るのが一番じゃなかったと不貞腐れてみたり、おかずの大きさが小さいと言っては泣いてみたりの毎日でした。
 

 

そんな中、3月11日──あの東日本大震災が起きました。


私は当時職場にいました。激しい揺れ、そして停電。電話はつながらず、信号が止まってしまったため道路は大渋滞。余震が続く中で息子の保育園に行こうか迷っていたところ、たまたま自宅にいた母と運良くメールが通じ、お迎えを頼むことができました。子どもたちはちょうどお昼寝の時間。泣いているかもしれない、怪我はないだろうか──冷静になろうと思いながらも心配で手が震えました。


「無事です」。メールが来たのは辺りが暗くなった頃。保育園では教室の真ん中に子どもたちが石ころのように丸くなって固まり、先生方に抱きかかえられながら過ごしていたようです。自宅に戻り、息子にしがみ付かれてやっと安心することができました。

 


震源に近かったにもかかわらず、丸1日の停電だけで大きな被害がなかったのは幸いでした。それでも食料品や燃料の不足は深刻で、子どもにとっては物足りないメニューだったと思います。そんな中、震災から一週間経ったころ、息子が大好きなクリームコロッケが夕食にのぼりました。


「うわぁ。コロッケだ」

満面の笑みでコロッケにかぶりつく様子を見て、私は自分のコロッケに手をつけず、残しておきました。息子は普段なら2個、3個と食べてしまうのですが、その日のコロッケは人数分だけ。あっという間に食べ終わった息子は、私が食べていないことに気がつきました。
「ママ、コロッケおいしいよ。食べて」
「ママはおなか一杯だから食べていいよ」
でも息子は手をつけようとしません。お互いに譲り合っているうち息子が言いました。
「んじゃあ、半分こにしてよ」
もっと食べたいのに遠慮しているのかなぁ……私はコロッケを四分の一のところで分け、大きいほうを息子のお皿に乗せました。
「一緒に食べようね」
声をかけますが、まだ食べようとしません。息子はじっとコロッケを見つめていましたが、ふいに、
「ママ、大きいほう食べて。僕いつも大きいの食べてるでしょう? 僕、小さいのでいい」
自分から大きいほうを譲るなんて初めてで、とても驚きました。
「ママ、半分こすると美味しくなるんだよ! 元気出るから食べなよ」
と笑いながらお皿を押してよこすのです。子どもを守るべき立場の私でさえ、また揺れるのではと緊張の毎日で心が安まらず、正直疲れていました。きっと元気を分けてくれているんだろうなぁ、と思うとうれし涙がこぼれました。
 

「どうしてママにコロッケをくれたの?」
気になってしまい、その夜、布団にもぐりながら聞いてみました。すると息子は真剣に、
「だってさぁ、ご飯食べられない人いっぱいいるんだよね。僕、我慢できるよ。僕だって分けてあげられるよ」
 

話を聞くと保育園での給食の時間に「たくさんの人がご飯を食べられなくて、家もなくて寒いところで頑張っています。好き嫌いや大きい小さいなんて言ってはいけません。今あるものをみんなで分けあって食べましょう」とお話があったのだそうです。材料の調達が難しい中での給食です。子どもたちはいつになく真面目に話を聞いていたと、後日お会いした園長先生からお話を聞きました。
 

感動してしまい、また涙が出ました。息子がコロッケを譲ったからといって、被災地の方々の何かが変わるわけではありません。私に分けてくれたのでは、なおさらです。それでも大きいほうのコロッケを譲ってくれたこと、それは息子にとっての一大決心、自分にできる精一杯のことだったと思います。息子が自分で考えて行動したことがしいと同時に、こうして息子と一緒に居られることが何よりも幸せなことだと強く感じました。震災以来一度も泣かなかった息子と、一緒に抱き合って大泣きしました。温かい涙でした。
 

肩に力を入れずにできることを一歩ずつやっていこう、息子に教えられた気がします。そして、この子のちっちゃな想いがいろんな方に届いて欲しい──そう思います。どうか被災地の方々に本当の笑顔が戻りますよう、お祈りします。


伊藤さよ(山形県五十鈴・38歳・公務員)
「PHPのびのび子育て」8月号「あたたかな日々」
~子どもの成長におどろいた話~  より

 


 

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