その日、私は、PTAの役員の仕事が長引いたために農作業が思うようにはかどらず、イライラしていました。

 

 

夫は自治会の集まりで、夕方過ぎから不在。気がつくと日はとっぷりと暮れ、19時ごろに慌てて帰宅。家では台所の流しに朝の食器類がそのままになっていて、食卓には郵便物やおもちゃ、ジュースを飲んだあとのコップが散乱。洗濯物は庭に干しっぱなしです。大きなため息が出ました。

 

「お母さん、なにしとったん~。お腹空いたぁ!」

 

小学4年のお兄ちゃんの光輝と5歳の隼人は、部屋を散らかし放題にして遊んでいました。

 

「とにかく今すぐ片付けて! こんなにぐちゃぐちゃにほったらかして」と私が怒り口調で言うと、隼人が口を尖らせて「ほんなん言うたって、お母さんだって、片付けてないもん。台所も汚いし、ごはん作ってないやん」と言い返してきました。最近、幼稚園でお友だちから生意気な言葉を覚えてくる隼人。今までは甘えん坊でかわいらしかったのに、ときどき強いまなざしで反抗してくることがある。隼人の生意気な口調と、私の家事ができていないことを指摘されたことがいっしょくたになり、カッと頭に血が上った私は、思わず、 「そんなに生意気な口きく子は、お母さんの子やない。今すぐ家、出て行って!」

と叫んだのでした。あ、言ってしまった……という思いがよぎったものの、勢いに任せた言葉は引っ込みがつきません。

 

「ほら、なにしとるん。早う出ていき!」

 

せかすように服をつかんで戸口まで引っ張っていき、戸を開けたままくるっと隼人に背を向けて、私は風呂場に行きました。お風呂を洗いながら「なんであんな子になってしまったんやろう」とつぶやきながらも、苛立ちは収まりません。ああ、晩ごはんは何にしよう。帰りながらメニューを考えていたはずなのに、怒りですべてが吹っ飛んでしまいました。

 

お風呂場から台所に戻ると、隼人の姿がありません。漫画を読んでいる光輝に「隼人は?」と聞くと「知らん」とそっけない返事。

 

玄関に走ると戸が開いたまま。名前を呼んでも人の気配はありません。どうしよう。家のすぐ前はトラックが勢いよく行き交う県道です。胸がドキドキしてきました。探しにいかなくては。サンダルで飛び出したとたん、道路に人影が。隣のおばあさんと隼人です。

 

「こんばんはー。隼人くん、泣きながら歩いとったから」

 

隼人は言われたとおり、家を出て行ったようでした。泣き声に気づいたおばあさんに見つけてもらえてよかった。目を真っ赤に腫らした隼人は、私と目を合わせようとしません。何度もおばあさんに頭を下げ、とりあえずちょうどたまりはじめたお風呂に、3人で入ることにしました。

 

隼人の服を脱がせながら、「ごめんな。お母さん、イライラしとったね。言い過ぎたね」と小さい声で謝ると、隼人は、「隼人こそ、ごめんな。もう、隼人に出ていけって、言わんといてな」と言いながら、大声で叫ぶように泣き始めました。お兄ちゃんは決まり悪そうに黙っています。泣く隼人を抱っこしながら、私に全身を預けてくれる息子に怒りをぶつけてしまったことを反省しました。

 

その日は、手ぬきごはん。おにぎりと、味噌汁と、ゆで卵。炊いたごはんに海苔や梅干し、ふりかけを並べて「セルフおにぎりやで~」と言うと、2人ともおおはりきりで「僕のほうがでっかい!」と作ってほおばります。あんなひどい仕打ちをしたのに、笑顔で「お母さん、お母さん」といつも通りに話しかけてくる子どもは、なんて懐が深いんでしょう。

 

翌朝、隣のおばあさんにお礼を言いに行くと、

おじいさんが奥から出てきて「なあ、子どもは宝もんやで。大事にしていかんとな」と言われ、本当にそのとおりだと思いました。1人で子どもを育てているような気持ちでいましたが、こうやってご近所が子どもを見守ってくれていることに気づかされました。

 

農作業をしながら夫に「私、ひどいこと言うてしもた。ダメな母親やな。隼人は一生、あの一言を覚えているかもしれへんわ」とつぶやくと、夫は「出て行けなんて言葉、オレも何百回と言われて育ったわ」と大笑い。その後に、「ドジな母さんやけど、毎日いっぱい笑わせてもらってる。あの子らにとったら、お前は最高の母さんやで」と言われたことが、どれだけうれしかったことか。私がイライラしているときにもとやかく言わず、黙って家事を手伝ってくれる夫にもまた、私は支えられているのです。みんなのサポートで、今の自分がいる。育児は「ありがとう」の積み重ねだと思います。 

 

吉田いずみ(徳島県小松島市・38歳・農業員)
「PHPのびのび子育て」9月号「あたたかな日々」
~私を励ましてくれた家族の「ひと言」~  より

 


 

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