まだ幼さが残り、手のかかる低学年でもなく、思春期を前に繊細な気配りを必要とする小学校中学年。これまでのコミュニケーションが通用しにくくなる時期でもあります。前回に引き続き、尾塚理恵子先生の著書『9歳からは、まかせて、はなれて、ちょっと聴く』から、小学校中学年の微妙な心理を学びます。
 

 

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九、十歳の時期の「微妙さ」とは、どのようなことから引き起こされるのでしょうか。それは、まだ幼さが残り、手のかかる低学年でもなく、思春期を前に繊細な気配りを必要とする時期にあり、親や先生の関心が若干低くなるという状況に起因しているように感じます。


低学年のときは、何をやっても「かわいいね」と思われます。いたずらや失敗をしても「しょうがないわね。次は気をつけてね」で終わります。高学年では、「さすがお姉さんやお兄さんだね。しっかりしているよね」という評価が与えられるようになります。


運動会の例を挙げてみましょう。一、二年生のダンスを見た保護者や来賓からは、「かわいい!」という声が上がります。一方、六年生の組体操では、「すごい! さすが六年生!」という賞賛の声が上がります。

 

では、そのはざまにいる三、四年生に対しては、どうでしょうか。低学年や高学年と違って、中学年を見る目は、少々冷静です。子どもを応援する思いは同じですが、どこか冷静さが漂っています。そんな雰囲気の応援席に向けて、三、四年生は感動を与えなくてはなりません。
 

スタートから応援席の期待感に温度差があるのです。低学年や六年生は、来た意見が膨らんだ空気のなかで演技を行なうことができます。初めから評価にゲタがはかされているようなものです。しかし、三、四年生はゼロの状態から、応援席の期待感を盛り上げていかなくてはならないのです。このように、三、四年生は、最初からハードルが設けられています。この差を埋めるのはなかなか大変です。
 

このハードルは、子どもたちの心のなかにも生まれてきます。「自分はもう無条件にかわいいといわれる年齢ではない。もっと頑張っていかないと褒めてもらえない。でも、どうやったらいいのかな」と悩むようになります。まだ、十年ほどしか生きていない子どもたちが、「もっと頑張らないと、周りに人には認めてもらえない」と考えるようになるのです。
 

小学生の間は、思い切り親や先生に甘えたい時期です。ましてや九歳や十歳だって、まだまだ甘えたい年齢です。しかし、自分の心の中に厳しい杭を打ちつけて、頑張ろうとします。それが、この年齢のつらいところでもあります。そのため、大人びたことに興味を持ったり、大人びた言い方をしたりすることで、自分の存在感を示そうとします。


九歳からの育て方にはこれまでと違う注意が必要なのは、子どもたちの心の状態が、このように難しい立場に置かれていることに、大きく起因します。

 

尾塚理恵子著『9歳からは、まかせて、はなれて、ちょっと聴く』
第一章「九歳、十歳から始まる変化の兆し」より


 


 

尾塚理恵子  おづかりえこ
大阪府守口市立橋波小学校校長。
コミュニケーション研究家として活動したのち、女性として全国初の小学校民間人校長に就任。子どもの遊びの施設「キャンプ・ネポス」元館長。
子どものマナーや言葉遣い、表現力、思考力を伸ばす教育に取り組んでいる。子育てや教育についての講演会も多数行なう。
著書に『子どもの才能をぐんぐん伸ばす、「声」の魔法』(講談社)、『美人のお作法』(中経出版)などがある。

 


 

『9歳からは、まかせて、はなれて、ちょっと聴く』


9歳以降の子どもには、矛盾した行動が目立ち始めます。この時期に必要な子育ての法則を3つ紹介します。この3つを守れば、自分に自信がもてる素直な子に成長します。