子どもは鋭いギモンをもっています。大人がとうに忘れたこと、考えても無駄だと思うこと、当たり前だと思い込んでいることにも好奇心をもって、まっすぐ問いかけてきます。聞かれてドキッとしたり、一緒に不思議に思ったり、ハッと気づいたり……でもどう答えたらいいのか困ってしまう。

 

そんなお父さんお母さんの手助けのためにつくられた『子どものギモンに答える本』(高橋幸子・著)から、答えるのがなかなか難しいギモンの答えをご紹介します。

 


亡くなった人は、どこへ行くの?


おじいちゃんが死んじゃったよー。

目を閉じて、もう何も食べない、しゃべらない、歩かない、動かないの。

「おじいちゃんは空から、私たちを見守ってくれるのよ」とママは言った。

本当かなぁ。

ねぇ、死ぬとどこへ行くの?


 

亡くなった人がどこへ行くかは、その人の体から見るか、心から見るかで、ちがいます。
しかしどちらから見ても共通することは、亡くなるとその人は動きません。そして目の前から消えて、いなくなります。でも、本当に消えたのだろうか? それは考え方や、宗教のちがいによる死生観というもので、答えもいろいろです。

 

亡くなった人は今、ほとんど火で燃やす、火葬にします。昔は土に埋める土葬が主流でした。世界を見ると、遺体を炭にして風に飛ばす風葬、鳥に食べてもらう鳥葬、樹木葬や海・山への散骨、冷凍にすることもあります。自然に乾燥させる、ミイラも見つかっています。しかし、どんな方法でその人の姿かたちがなくなってもまわりまわって別のものに生まれ変わる、と考えられています。


これを仏教では「輪廻」とよぶのですが、生物学から見てもまわりまわっていて、これを「生態系物質循環」というのです。
 

人だけでなく生物はみんな、死ぬと微生物によって分解されて、有機物(燃えるもの)でできていた体が無機物(燃えないもの)になります。体をつくっていた炭素などの元素が、二酸化炭素などに変わるのです。植物は、その二酸化炭素を吸って生きています。その植物をまた、人間や動物が食べて生きている、そういう循環です。かたちが変わってバラバラになっても、自然にある元素は消えたり減ったりせず、いつも同じ、変わらないのです。

 

だから、亡くなった人は土にもどる、山や海に帰る、「千の風」になって大空を吹き渡る、何かに生まれ変わる、ただこの世から消えたなど、どのように思おうとまちがいではありません。

 

では、死んだ人はどう思っているのでしょうか。きっと何も思わず、自分の体や心から自由になって、ゆっくり眠っているのと同じような感じ。だから「安らかにお眠りください」といいますね。でも生きている人の心には、死んだ人が生きています。だから、元気をもらったり、見守られているようにも感じられます。


(『子どものギモンに答える本』より)

 

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【出典】 『子どものギモンに答える本』  (PHP研究所)

 

【著者】

高橋 幸子

1944年生まれ。同志社大学文学部新聞学専攻卒業。近所の子どもたちの学びの場として「みみずの学校」を設立。月間「たくさんのふしぎ」に校腸(こうちょう)として27年にわたり、連載を続ける。著書に『みみずの学校』『みみずの井戸端会議』『みみずのこども』(いずれも思想の科学社)、『10才のとき』(共著、福音館書店)、『教育で想像力を殺すな』(編著、明治図書)など。