表現された愛だけがわが子を強くする

 
名詞の愛は、誰にも伝わらないのです。
 
母子の絆、わが子に寄せる愛情が絶対的なものだと思いこんでいるうちは、わが子にやさしい言葉をかけることがなかなかできません。

 

「子どもを愛しているのは当たり前の話ですわ。そんなこと、ロに出して告げることなんてできません!」
 
しかし、お母さんの愛情にはどうやら母性本能が混入されていたようです。つまり完全な愛情ではなかったのです。
わが子をそっと抱き寄せ、
「あなたが大好きよ」
「あなたはわたしの宝物よ」
「どんなときでもわたしはあなたの味方よ」
と告げる以外に、わが子に親の愛を伝える方法はないのです。
 
わが子にやさしい言葉をかけてあげると、
「わたしは母親にかわいがられている」
「ボクはパパのいちばん大切な宝物なのだ」
と、子どもは胸をふくらませます。
 
そして、子どもたちは、いっぺんに、両親が好きになるのです。
 
PHM15_0155.JPG
 
 
そうなれば、子どもは両親の人格に溶けこみ、接近→和解→脱却というこころの成長をとげることができるはずです。
「愛は動詞」という意味は、愛は行動に移さなければ愛たり得ないということを指しています。
 
「あなたはとても大切な子よ」
お母さんがそう口に出した瞬間に、はじめてお母さんはわが子を愛したのです。そんなことわかりきっているじゃない! と、わが子を乱暴に扱うと、子どもたちは、お母さんの乱暴でひとりよがりの愛におぴえ、こころを閉じてお母さんから遠ざかってしまいます。
 
子どもは、行動で示してくれなければ、親の愛を決して信じません。そして孤立し、自己の確立に失敗し、他人の存在を恐れます。
 
これが、いじめ問題の“根”です。
 
いじめに関与している子どもたちは、例外なく両親から次のように告白された体験を持っていません。
「わたしたちは、おまえを愛している。大切だと思っているよ」と。
 
反対に両親から愛されているという実感を得た子は、つまり両親から愛の言葉をかけられている子は、自分を大切にし、他人との交渉がとても上手です。両親から愛されていることを知っていますから、自分を大切にする方法もまた心得ているのです。自分を大切にすると、子どもなりに自然に風格が身につきます。
 
ところが両親から無視されている子、叱られてばかりいる子、そして両親から愛の言葉をもらっていない子は、他人に対して神経質で、どこかオドオドしています。
 
いじめに関与するのは、こんな子どもたちです。
 
いじめをなくするにはどうすれば良いのか。わたしはもう結論を述べました。
 
わが子に愛の言葉を与えるのです。
 
そうすれば、子どもは他人を恐れなくなり、自信をふくらませ、目がキラキラしてきます。
 
少しむつかしくいうと、両親との心理的融合が、他者依存というこころの疵をふき飛ばし、逆に自立するこころを育むのです。
 
この章のはじめの部分で、わたしは、愛情は双方の努力がなければたちまち冷めてしまうと述べました。
 
だから、赤ちゃんとお母さんの関係は、愛情で結ばれる関係ではなく、母性によって支えられた関係でなければならなかったのです。
 
もしも赤ちゃんとお母さんが愛情で結ばれていたのなら、お母さんは、天才的なエゴイストである赤ちゃんに愛想をつかし、その愛情を放棄してしまうに違いないからです。
 
しかし、子どもが学校へ行く年齢になったら、こんどは母性を捨て去り、それを愛情に切り替えねばなりません。
 
山崎房一 著『いじめない、いじめられない育て方~三つの愛の言葉がわが子を救う』
第一章「いじめ心理の原点は他者依存」より
 

 

 

ISBN4-569-56759-2.jpg
山崎房一 著
 
いじめの特効薬は両親の愛情!子供を追いつめるのは、ガミガミや甘やかし。本書は、親が“いじめ”に与える影響を分析し、いかにすれば、わが子を守れるかを説く。