いじめの解決や克服には、単なる対症療法やマニュアルに頼った教育実践で臨んだとしても真の効果は得られません。

いじめ防止やいじめの解決に向けて全力をあげて取り組んでいくことは大変に重要なことですが、マニュアルに沿った手順だけで進めていこうとしても、子どもたちの心には響いていかないのです。

システマティツクなアプローチではなく、たとえ泥臭くて不格好でも、人間として大切にすべきことを根底の理念に据えなければ、非人間的虐待行為である「いじめ」に打ち克つことはできないでしょう。
 
学校や家庭での教育において大切なことは“子どもたちの人権の尊重”“子どもや教師・親への愛情”“人間の歴史と社会の進歩へのロマン”の3つの観点が土台としてあることです。
 
すなわち「人権・愛・ロマン」です。この3つが理念として土台にあって、はじめていじめをよしとしない感性豊かな教育や子育てが実現可能となるのです。
 
なぜこの3つかと言うと、これらはいじめの内包する陰湿な世界とはまったく正反対に位置する対極の理念だからです。いわば「いじめ」にとっての天敵です。
 
天敵となる対極の理念を根底に据えてこそ、学校教育で、あるいは家庭教育において子どもたちを「いじめをしない・させない子」にしていくことが可能になるのです。
 
とくに学校づくりにおいては、「人権・愛・ロマン」を教育理念の土台とし、そうしたムードが全体にみなぎっている学校にしていくことが、いじめをなくす重要なポイントです。
 
それがないところでいじめ防止活動に取り組んでも、点検と管理主義に陥ることになり、結局は活動そのものが子どもたちのストレスを引き起こす元となったり、活動自体が子どもたちに対する「いじめ」となる危険性があります。
 
学校でのいじめ防止活動では「ヒドゥンカリキュラム(学校づくりの理念となるようなもうひとつの裏のカリキュラム)」として、「人権・愛・ロマン」をベースとした実践が求められます。そこでは3つの柱が土台となります。次の3つです。
 
 
(1)受容と寛容
 
子どもは失敗の天才、何回も同じミスを繰り返します。その克服には、脅しやペナルティ、子どもだましの操作的手法をとるのではなく、子ども本人の改善への意欲を喚起することが肝心であり、また必要です。「子どもたちを丸ごと愛す」、「丸ごと受け入れていく」寛容な対応と構えが教師の側にあることで、子どもたちは安心感を覚え、元気や自己変革のパワーを生み育てていくことができます。
 
教師が生み出す「受容と寛容」の雰囲気は、規律を喪失させることにはなりません。むしろ子ども同士の中にも、認め合いと許し合いのムードを醸成していきます。教師に対しても寛容の精神で応じてくれるでしょう。
 
子どもの失敗を受け入れる受容と受け止められる寛容さは、甘い対応や見逃すこととは違います。子どもが失敗を繰り返すこと、人間的弱さを露呈することへの共感と、それを乗り越えようとする子どもの成長・発達への信頼なのです。
 
(2)子どもが参画する学校づくり
 
学校の主人公に子どもを据えることは、21世紀の学校づくりを展望したとき、国際的動向や子どもの権利条約の精神から考えても当然の観点で、歴史的な流れといえます。
 
子どもが主役になってこそ、学校生活も授業も行事も生き生きと活性化し、子どもたち自身のものとなっていきます。その際のキーワードが「子どもの参加」です。「参加」とは、当然の権利(自己決定権の保障)としての、企画・計画、実行・実践、その反省と総括まで、教師や親との対等な関係で「参画」し、挑戦することを言います。
 
それが実現できて初めて、子どもたちは責任をもって学校の授業、行事、生活の担い手としてたくましく育つ姿を見せてくれます。
 
いじめに関しても、子どもたちが参加し、生徒会主導のもと学年委員会の子どもたちがリーダーとなって「いじめをなくそう」「いじめのない学校にしよう」と動き出していくことが、学校全体のいじめ防止に大きな力を発揮していくことになるのです。
 
(3)体罰と尊厳を傷つけるペナルティの厳禁
 
体罰といじめの発生に相関関係があることは、研究データからも明らかにされています。体罰の経験は、受けた子どもの心に屈辱感やストレスを与え、いじめ発生の土壌を形成することになります。体罰派の教師がにらみをきかせているから学校が落ち着いていられるという話を聞きますが、これはとんでもない錯覚です。落ち着いているのは恐怖から来る一時的な状態に過ぎす、何らかの事情で通用しなくなったときの生徒のひどい荒れ様はよく耳にするところです。
 
ペナルティも、その発想や行使の仕方によっては人間の尊厳を傷つけ、体罰以上に子どもへの虐待の性質を帯びます。そこでの憎悪の感情が身近なクラスメイトなどへのいじめのかたちで噴出していくことも少なくないのです。
 
私は教師時代、遠足のバスレクリエーションでも、恥をかかせるような「罰ゲーム」は絶対禁止にしていました。「負けたら3べン回ってワンと言えなんてとんでもない! 楽しめるような内容ならいいけれど、尊厳を傷つけるような罰ゲームは絶対ダメ!」と許しませんでした。
 
そうした小さなことから人としての尊厳を傷つけ、汚すことは厳禁としていくことが、いじめの芽を萌芽させないことにもつながります。体罰や心を傷つけるペナルティは絶対に行わない。このような原則的合意はいじめのない学級にしていくうえで大変に重要です。
 
 
 
 

 
 
尾木直樹
 
教育評論家、臨床教育研究所「虹」所長
1947年生まれ。早稲田大学卒業後、海城高校、東京都公立中学教師として、22年間ユニークで創造的な教育実践を展開。現在、教育評論家、臨床教育研究所「虹」所長、法政大学教授・教職課程センター長、早稲田大学大学院教育学研究科客員教授。執筆、調査・研究活動、全国への講演活動のほかメディア出演も多数。
主な著書に『尾木ママの親だからできる「こころ」の子育て』(PHP文庫)『子ども格差―壊れる子どもと教育現場』(角川oneテーマ21)『子どもの危機をどう見るか』(岩波新書)『尾木ママの「叱らない」子育て論』(主婦と生活社)『生きづらいのは「ゆとり世代」だから、と思っている君たちへ』(ブックマン社)『尾木ママと考える いじめのない学校といじめっ子にしない子育て』(ほんの木)ほか多数。
 
 

 
 
 
子どもたちを守るために大人に伝えたいこと
 
尾木直樹 著
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