21歳のときに、母親を亡くした栗栖さん。娘さんが何気なく言った言葉が、もう二度と戻らないと思っていた親子の時間を取り戻させてくれました。

 

女の子

 

幼い子どもたちから、時々、はっとするようなことを教わる瞬間があります。それは、子どもたちからのかけがえのない「おくりもの」なのだと思います。

 

娘が年少の頃、ふいに玄関で、

 

「あの~、どうやってとどけようかなあと、おもって」

 

と、なにやらはにかんだ表情でひと言。脈絡のない言葉に、私は一瞬キョトンとしてしまったのですが、すぐにピンときました。少し前に幼稚園で、祖父母に手紙をそれぞれ書いたんだよ、と言っていたのを思い出したのです。

 

「ばあばとじいじへのお手紙のこと? あれは、幼稚園に郵便屋さんが取りに来てくれたんじゃなかったっけ?」

 

そう尋ねると娘は頷いて、

 

「でもね、おかあさんばあばには、どうやってとどけたらいいかなって」

 

その娘の言葉を聞いて、思わず目に涙が浮かびました。

 

私は21歳のときに、母を癌で亡くしています。最大の理解者でいてくれた、大切で大好きな母でした。

 

もちろん2人の子どもたち――7歳の長男と4歳の長女は、私の母を知りません。母を知る機会は、父の家に遊びに行ったときに仏壇にある遺影を目にしたり、たまに私が思い出話をしたりするくらいです。

 

それなのに、娘が"お空に住んでいる"おかあさんばあばに、自分の手紙を届ける方法を真剣に考えてくれていたことが、本当にうれしくて、かわいくて、ありがたくて。

 

お誕生日のお祝いをしてくれたり、遊んでくれたりしてもらったことはなくても、ちゃんと心の中で娘が母のことを感じてくれていたことが、私の心をあたためてくれました。

 

そういえば、娘はどことなく母にも似ているように思います。

 

明るくて、面倒見のよい姉御肌タイプ。ぷくぷくで肉厚の手のひら、なぜか、お饅頭をぺたんこにしてから食べるところ......。

 

たまに、娘を抱きしめているつもりが、こちらが抱きしめられているような錯覚を覚えることがあります。

 

いつだったか、病床の母に「あなたには女の子が生まれるわよ」と、言われたことがありました。

 

当時は独身で、恋愛さえ未経験だった私には、ずいぶん先の話のように思え、「そうかなー」なんて聞いていたのですが、今になって思えば、それは母の願いがつまった言葉だったのかもしれません。

 

花嫁姿を見届けられないけれど、きっと大丈夫、あなたは絶対に幸せになれるわよ、と。

 

母の私への影響力がすごかったのか、母にはすべてお見通しだったのかはわかりませんが、母の言葉は現実になりました。

 

母を亡くした後、孤独と喪失の哀しみを抱え続けた数年間で、私の心はひどく傷んでしまったのですが、現在は、大切な夫と2人の子どもと一緒に、あわただしくも心穏やかな日々を送ることができています。

 

娘のくれた言葉を通して、私は母との親子の時間を再び感じることができました。それは、もう二度と開けられないと思っていた"宝箱のカギ"のよう。

 

子どもたちが時々、思いもよらないタイミングでくれる「おくりもの」を、これからも楽しみにしています。

 

(兵庫県・37歳・主婦)

 

 


 

「PHPのびのび子育て」 9月号より

 

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本記事は、「PHPのびのび子育て」2018年9月号特集【「あきらめない子」の育て方】より、一部を抜粋編集したものです。