子どもに何気なくかけている言葉、とっている行動が過度なストレスとなり、知らず知らずのうちに、子どものこころ(脳)を傷つけてしまうことがあるのです。

 

子ども

 

子どもの脳を傷つけないために

 〜親の不適切な関わりで、脳は変形する〜

 

私は、小児神経科医として約30年、子どもたちの診療にあたってきました。そして、外見からはわかりづらい「こころの傷」を見えるようにするために、さまざまな「マルトリートメント(不適切な養育)」を受けた人の脳をMRI(脳の画像が撮れる機械)を使って調べてきました。

 

その結果、最近わかってきたのは、虐待や体罰を受けることで、脳の大事な部分に「傷」がつくということです。つまりマルトリートメントが、発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与え、実際に変形させていることが明らかになりました。

 

脳が傷つくことにより、子どもの学習意欲の低下を招いたり、引きこもりになったり、大人になってから精神疾患を引き起こしたりする可能性があることがわかったのです。

 

マルトリートメントはどの家庭でも起こりうること

 

「マルトリートメント」とは、1980年代からアメリカなどで広まった表現で、日本語で「不適切な養育」と訳され、子どもの健全な発育を妨げる行為を指します。

虐待とほぼ同義ですが、「子どものこころと身体の健全な成長・発達を阻む養育をすべて含んだ呼称」であり、大人の側に加害の意図があるか否かにかかわらず、また、子どもに目立った傷や精神疾患が見られなくても、行為そのものが不適切であれば、それはマルトリートメントと言えます※。

 

マルトリートメントには、しつけと称して怒鳴りつけたり、脅したり、暴言をあびせるといった心理的虐待も含まれます。つまり、報道されるような極端なケースだけではなく、マルトリートメントは、どの家庭でも起こりうるものなのです。子どもと関わる多くの大人が、自分は児童虐待と無関係だと思って見過ごし、日常的に不適切な接し方で子どもの脳を傷つけている可能性もあるのです。

 

※参照:『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)

 

マルトリートメントの種類で、脳のダメージを受ける場所が変わる

 

脳が傷つくことで、子どもはさまざまな問題を抱えやすくなります。

 

これまでの脳画像の研究から、小児期に受けたマルトリートメントの種類と脳の傷つく部位との関連がわかってきました。たとえば、厳格な体罰による「前頭前野の萎縮」、性的マルトリートメントや両親の家庭内暴力(DV)の目撃による「視覚野の萎縮」、暴言マルトリートメントによる「聴覚野の肥大」などです。これらは、脳が傷つくことから「自分を守ろう」とする防衛反応だと考えられています。

マルトリートメントが頻度や強度を増したとき、子どもの脳はこのように〝物理的〟に損傷します。その結果、学習意欲の低下や非行、うつや統合失調症といったこころの病に結びつく危険性があるのです。もちろん、軽微なマルトリートメントでは、そのようなことは起きませんが、一度傷を負った脳を元に戻すことは容易ではないのも事実です。

程度の差はあれ、マルトリートメントがない家庭など存在しません。時代とともに、子どもとの距離感に変化が生じ、多くの親御さんが子育てに迷いを抱えている実態も窺えます。だからこそ、親の言動が子どもの脳に与える影響について、知っておいてほしいのです。

 

・「身体的マルトリートメント」でダメージを受ける脳の部位......前頭前野

子ども時代に体罰を受けた経験がある人の脳をMRIで調べた結果、「前頭前野」の容積が平均19・1 %減少することがわかりました。20代後半までゆっくり成熟する前頭前野の一部が壊されると、うつ病に似た症状が出やすくなります。また、犯罪抑制力に関わる部位でもあるため問題行動を起こす確率も高くなり、体罰を繰り返し受けていると非行に走りやすくなるのです。

 

・「性的マルトリートメント」でダメージを受ける脳の部位...視覚野

性行為やポルノ写真・映像にさらすなどの性的マルトリートメントを受けたことがある人は、大脳皮質の後頭葉にある「視覚野」の容積が受けていない人よりも平均18 %も減少していました。特に容積の減少が目立つ部位は、視覚野の中でも顔の認知などに関わる「紡錘状回」でした。視覚野の容積の減少は、視覚的な記憶システムの機能の低下が関係していると考えられます。

 

・「精神的マルトリートメント」でダメージを受ける脳の部位...聴覚野/視覚野

言葉の暴力や両親のDVを目撃させるなどの精神的マルトリートメントは、「聴覚野」や「視覚野」を変形させます。暴言によるマルトリートメントを受けたことがある人は、大脳皮質の側頭葉にある聴覚野の一部の容積がシナプスの正常な刈り込みができず、受けていない人に比べて平均14・1パーセントも増加していたのです。暴言を浴びせられた子どもは言葉の理解力などが低下し、心因性難聴になりやすくなります。また、脳の視覚野が萎縮するというデータもあり、目からの情報を最初に受け取る力・記憶する力が弱まり、知能・学習能力が低下する可能性が指摘されています。

 

子どもの脳を健やかに育てるために大切なこと

 

愛情によって、子どもを追いつめないために、心がけてほしいことがあります。

 

これまで、脳科学の立場からマルトリートメントが脳に及ぼす影響について紹介しました。最後に、これからの子育てで大切にしていただきたいことをお伝えしたいと思います。

2017年5月、「体罰ゼロ」の育児の推進を目的として厚生労働省が示した、「子どもを健やかに育むために〜愛の鞭ゼロ作戦〜」をご存じでしょうか。そのチラシに、私は「体罰が脳の発達におよぼす影響について」の情報を提供しました。そこでは、愛の鞭のつもりが、いつの間にか虐待へとエスカレートしていくことの危険性を伝え、子どもの気持ちに寄り添いながら子育てをしようといった働きかけを行なっています。私はポイントとして、次の5つをあげました。

 

1 子どもの脳に及ぼす影響を理解し、体罰・暴言による子育てはしない

2 大人と子どもは対等な力関係ではないという前提にたつ

3 親は、爆発寸前のイライラをクールダウンする

4 親は子どもの気持ちと行動を分けて考え、成長を応援する

5 もし「マルトリートメント」を受けた子どもと遭遇したときには、速やかに専門的な医療機関と相談する

 

とりわけ、注意しなければならないのは、親と子どもの力関係は対等ではないということです。「強者」である大人が、「弱者」である子どもを怒鳴りつけ、体罰を与えるという行為は、わたしたち大人が想像するより強い衝撃を与えます。

子どもをしつけたり、叱咤激励する方法は、他にもあることでしょう。一昔前には、封建的な親が怒鳴ったり叩いたりして従順にさせるということがあったかもしれません。しかし、本来「しつけ」とは、子どもに恐怖を与えることではなく、正しく導くことが目的でなければならないと思うのです。

 

社会全体で子どもを守れるように

 

人間の子どもは生きていくために、大人の「養育」を必要とします。その養育には愛情とぬくもりが必須だということは言わずもがなです。しかし、実際には身近な大人と愛着(絆)が結べないまま成長していく子どもたちが非常に多く存在します。子どもを健全に育てるためには、親が健全であることが求められます。だからこそ、子育てで困ったとき、悩んだときは、自分1人で抱え込まず、周りにSOSを出してほしいのです。

わたしたち医療従事者は、児童福祉機関と連携をしながら、子どもだけでなく親をサポートしていく施策や仕組みづくりにも力を入れていきたいと考えています。「将来を担う子どもたちを社会全体で育て守る」という認識が、広く深く浸透することを願ってやみません。

 

 

 


 

「PHPのびのび子育て」 11月号より

 

 

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本記事は、「PHPのびのび子育て」2018年11月号特集【「いい脳」が育つ 家庭の習慣】より、一部を抜粋編集したものです。

 

 

【著者紹介】

 

友田明美 

(福井大学子どものこころの発達 研究センター教授・副センター長)

福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長を兼任。2017年から日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究日本側代表も務める。専門は小児発達学と小児精神神経学。著書に、『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)などがある。