「一緒に住めば安心」と思っていませんか?

 

カップ

 

同居にはリスクがある

 

老化を加速する要因というのは、いくつかあります。なかでも、私が大きな要因と考えているのは、家族の余計なおせっかいです。

たとえば、ひとり暮らし、あるいは夫婦ふたりで暮らしている高齢者のもとに家族が訪れたとしましょう。以前より家の中がどんどん汚くなっているうえ、本人も身の回りのことに気が回らなくなっている。そんな姿を見て、ひとりあるいはふたりで生活させていることに不安を抱き、同居を持ちかけます。

 

もちろん、高齢者側としても、歳をとると、自分の体力、気力の衰えを実感することが増えますから、生活するうえで不安になったり、自信をなくしてしまうことも少なくありません。当然、それは家族にも伝わります。家族としては、足腰がおぼつかない高齢者をひとり、あるいは夫婦で置いておくのは危険だと、ある時期になると同居を考え始めます。

 

ところがこれが、老化をさらに加速させる一因にもなるのです。

家族と一緒に暮らし始めると、これまでなんとか自分でやってきた料理や掃除などを、途端にやらなくなる方が多いようです。というより、危なっかしいから見ていられないと、家族にさせてもらえない場合が多いのかもしれません。

 

そうすると、自分で生活を回していくという気概がなくなり、同居する前にできたことまで、できなくなっていきます。おまけに、何もやらないことで足腰の衰えも一段と加速してしまう。家のことを何もやることがない、家族のお荷物になっているのではないかという後ろめたさで、気持ちが後ろ向きになる人もいます。

そうなったらそうなったで、家族としては「もっと元気だと思って同居したのに。だから介護はたいへんだ」という気持ちになるんですね。同居してまもなく親が認知症になってしまった、というケースもたくさんみてきました。

 

確かに、もっと若くて元気なときと比べれば、食事が不規則だったり、部屋が散らかっていたり、お風呂もまめには入っていないかもしれません。でも、それで近所に迷惑をかけているわけでもありません。高齢者の家で火の不始末があると、どうしても認知症と結びつけられがちですが、確かな根拠があるわけではないのです。

本人に頑張る意欲があるうちは、少々認知症があっても、それなりのひとり暮らしは維持できるのです。

 

多少、判断力が鈍くても足腰が悪くても、自分が動かないと一日の生活が成り立たない――そんな環境こそ、高齢者にとって一見酷なようでいて、実はもっとも老化防止に役立ち、認知症の進行を防ぐ効果があると私は考えています。

他人に気兼ねせず、自分のペースで暮らすことができるだけで、自分のもてる力を全部出し切ることができます。ですから、高齢者がギリギリまでひとり暮らし、あるいはふたり暮らしを続けることは、ご本人にとってもいいことづくめだと思っているのです。

 

孤独でない孤独死もある

 

老人のひとり暮らし大歓迎。さらには、孤独死で何が悪い。

こう言うと、とても過激に聞こえるかもしれません。しかし、これまで多くの認知症の方をみてきましたが、私たちが考えている以上に、みなさん軽い認知症ならば、ひとりで生活を営むことはできるのです。

 

ひとり暮らしの延長線上にある孤独死だって、私は改めて評価されるべきだと思っています。だいたい「孤独死」という言葉自体、かわいそう、悲惨だ、迷惑だというイメージを強調し、どこか決めつけを含んだ表現でイヤですね。老後の時間を家族や友人たちと断絶して過ごし、亡くなった後もしばらく発見されない――そうした意味で使われています。

 

でも、私の考える孤独死は違います。

一人の時間をもち、生活を楽しみ、そしてある時、亡くなる――亡くなった直後は、諸々の手続きなど、周囲、あるいは家族の手を煩わせることがあるかもしれません。でも、そこに悲壮感はありません。本人が自分のもてる力を出し切って、ひとりで静かに逝くことは、ある意味理想ではないかと私には思えます。

 

現代社会、特に都会では自由気ままにひとりで暮らす生活をよしとしてきました。なのに、死ぬ間際になると、一概に急にかわいそうだと決めつけるのは、ちょっとおかしいのではないでしょうか。

 

そのうえで、最期までできるだけ他人に頼らない生き方として、孤独死はもっと評価されるべきだし、社会はもっと寛容になるべきだと思います。

 


 

【本書のご紹介】

 

9784569842189.jpg

 

『医者が教える非まじめ老後のすすめ』

 

歳をとったら、したくないことはやらない! 多くの高齢者を看てきた医師が語る、豊かな晩年のためにもっと”非まじめ”に生きるヒント。

 

【著者紹介】

大塚宣夫(おおつか・のぶお)

医師。1942年、岐阜県生まれ。1966年、慶應義塾大学医学部卒業後、1967年に同大学医学部精神神経科学教室入室。1968年より井之頭病院に精神科医として勤務。フランス政府給費留学生としての2年間のフランス留学を経て、1980年に青梅慶友病院を開設。2005年よみうりランド慶友病院を開設し、現慶成会会長。医療や介護の常識に縛られず、高齢者の「生きる楽しみ」を優先した病院作りを実践する。著書に『人生の最期は自分で決める』(ダイアモンド社)、阿川佐和子さんとの共著『看る力』(文藝春秋)がある。