新しい土地になかなか馴染めず、前の土地に戻りたいと思っていた坪田さん。でも、ある男子高校生との出会いで、気持ちが変わり始めました。

 

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思いがけない優しさにふれて~負けそうな私を立ち直らせてくれたできごと

 

私は、引っ越してきたこの町が嫌いでした。

 

夫とは地元同士で結婚し、2人の子に恵まれ、下の子が1歳を過ぎて落ち着いてきたかな、というタイミングで突然の転勤辞令。夫も転勤はまだもう少し先の話だと思っていたので少し動揺していたものの、単身赴任という選択肢はなく、家族で引っ越すことにしました。

 

でも、私の心の中はモヤモヤ......。というのも、転勤が決まってから住む予定の町をネットで調べてみると、今住んでいる慣れ親しんだ昔ながらの土地とは、かけ離れた場所のように感じたからです。不安になるような口コミや情報もちらほら......。それに追い打ちをかけるような友人の、「その地域って、学校が荒れているところが多いって聞いたことがあるよ」という言葉。

 

行きたくないなあと思いながら、あっという間に新しい町での生活がスタートしました。はじめは商店街やスーパーなどがいろいろ近くにあって便利だな、などと思っていました。でも、新しい職場になり、朝は早く、帰りは深夜になることもある夫に子育てや家事を頼ることができず、子ども2人の寝かしつけまで1人......という大変な日々でした。

 

気分転換と外遊びのために、公園に行ってみたものの、制服姿の学生がいるのを目にして、そそくさと帰ってきてしまう始末。私のそんな様子を見てか、この町に来てから長女も笑顔が少なくなったような気がして、やっぱり前の場所がいいな......と思いながら毎日を過ごしていました。

 

そんなある日、スーパーの帰り道に大雨に遭遇してしまいました。自転車で来ていたこともあり、しばらく雨宿りしていたのですが、止みそうになく、仕方がないので濡れて帰ることにしました。

 

「雨だー、つめたーい」と少しはしゃいでいる子どもたちと信号待ちをしていると、真横に高校生くらいの男の子が。彼はイヤホンで音楽を聞きながらノリノリで立っていました。こういう感じの子が、友人が言っていた学校とかに通っているのかな? なんて勝手に想像しながらボーッとしていると、

 

「これ、どうぞ!」

 

と、彼が差していたビニール傘をおもむろに私のほうへ差し出してきたのです。

 

あまりに急で驚いている私に傘を手渡すと、

 

「もうそこなんで、どうぞ!」

 

とイヤホンをはずしてフードを被り、青信号になった途端、走り去ってしまいました。

 

「ありがとうございます」という私の言葉がちゃんと伝わっていたかわからず、申し訳なくなりながらも、胸がジーンと熱くなりました。と同時に、一瞬勝手な想像で、その高校生のことを決めつけてしまっていた自分が情けなくて......。ああ、こんなんじゃダメだ! と強く思いました。

 

後ろに乗っていた長女は、「ママ、プレゼントもらったの? よかったねー」と大喜びで、とても嬉しそうな顔。雨は相変わらずでしたが、自転車を押し、娘に傘を差してもらいながらの帰り道は、とても清々しく感じました。

 

その日を境に、私は敬遠していた公園にも行くようになりました。たまに見かける学生さんたちも通りすがりに子どもたちを見て、「子どもって、かわいすぎる!」なんて話してくれていました。

 

あの雨の日以来、この町への思いが少しずつ変わってきています。噂や偏見にとらわれて心を閉ざしていた自分を恥ずかしく思うようになりました。

 

これからは、この町で娘たちが、あの傘をくれた男の子のように人への思いやりにあふれた人に育つように、楽しんで子育てをしていきたいと思っています。

 

坪田悦子 (大阪府・38歳・主婦)

 

 



 

「PHPのびのび子育て」 5月号より

 

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本記事は、「PHPのびのび子育て」2019年5月号特集【友だちとうまくやっていける子に】より、一部を抜粋編集したものです。