43歳ではじめて子どもが生まれ、放送作家を1年休業し、しっかりと子育てに向き合った鈴木さん。子育ての大変さや自分の無力さを感じつつ、子どもの成長とともに、たくさんの発見をして楽しんでいるそうです。

 

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育休ではなく「父勉休業」

 

43歳で子どもを授かり、子どもは4歳になりました。男の子です。僕も妻も笑いに携わる仕事をしているので「笑うかどには福きたる」という思いを込めて「笑福」と名付けました。名前の通り本当によく笑う子どもに育ってくれていると思います。

若くして親になる人、僕のように40過ぎて親になる人、さまざまだと思いますが、僕はこの歳で笑福を授かることができて本当に良かったと思っています。うちは、過去に2回残念なことがありました。そのときにいろいろな本を読み、「子どもはタイミングを選んで来てくれる」という考え方がとても好きになりました。

僕が42歳のときに妻の体に笑福が宿り、43歳のときに妻が出産。妻が出産後、僕は自分の仕事のメインである放送作家業を休む、育休状態に入りました。妻が「妊活休業」と宣言し、仕事を休んだ。そんな勇気ある決断をした妻がいて、僕はこのままでいいのか? と。
僕は育休ではなく「父勉休業」と勝手に名付けて休みました。

 

父親になりたい!

 

僕のブログのコメントに、ある方が書いてくれたんです。
「うちの祖父が言ってました。『育児をちゃんとする男性はイクメンじゃなくて、父親って言うんだよ』と」。なんだか痺れました。

それを見て思ったのです。男性は子どもを授かったときに父親なのではなく、父親になるための権利をもらえるのではないか? と。父親になりたい! と強く思いました。

笑福が0歳から1歳になっていく様を間近に見ることができたのは、自分の人生のとてつもない宝です。本当に貴重な経験をさせてもらえました。

 

人生で置き忘れたもの

 

この父勉休業中に、僕は家のキッチン担当になったので、スーパーに毎日通ったりすることで、その時期の旬の野菜を勉強できたり、クックパッドを見て煮物を覚えたりと、それまでの自分が知らなかったことをたくさん勉強できました。毎日料理を作っていると、子育てで疲れた妻が僕の煮物を食べて、嬉しそうに「うまい!」と言ってくれるのです。

それを聞いたとき「ハッ」とするわけです。なにげに日々妻の料理を食べていたけど、「うまい!」と言われることがどれだけ嬉しいのか? 料理の感想を言ってもらえることがどれだけやりがいに繋がるのか? 誰かに料理を作ってもらえることに感謝するなんて当たり前のことなんですけど、それを本気で感じることってなかなかできない。でも、それに気づける。笑福を授かったことにより、自分が人生で置いてきたものをピックアップできたような気持ちになりました。

1年間の父勉休業をいただき、その後、仕事にフル復帰しましたが、その頃は、ずっと一緒にお仕事をさせてもらっていたSMAPの解散が発表された頃で、それからしばらくは、かなりバタついてしまい、精神的にも仕事をしていくのがとても大変な時期でした。

だけど、家に帰り1歳の息子を抱きしめると、嫌な気持ちがリセットされますし、何より、この子を守るために頑張ろうと思える。本当に救われました。

 

「なんで?」攻撃にドキッ!

 

笑福は今、4歳になりました。0歳から1歳のときに、そばに居られたことって本当にすごいことで、このおかげで、息子との距離感が他の父親とは違う気がします。

たとえば、母親の胸は子どもにとって布団でありベッドである。その胸に抱かれると、安堵の表情で眠りにつく。僕の胸は布団やベッドには敵わないけど、ソファーくらいにはなっている気がします。これって結構でかいことだなと思うんです。だから、あの1年、そばに居られて良かったなと。

息子は2歳を超えてたくさん話すようになり、3歳前後あたりから、なにかと「なんで?」と聞くようになりました。

これ、超あるあるですよね。とにかくなんでもかんでも「なんで?」なので、僕は「なんでマン」と呼んでいました(笑)。

ある本を読んでいたら「子どものなんで?に真剣に向き合うことは大事」と書いてあったのです。あまりにも「なんで?」を連発するので、適当にあしらってしまうときも多々あったのですが、大事なのは「どう答えるか?」「どんな答えをするか?」ではなく、「なんで?」と疑問を持った子どもに対して「どう向き合うか?」なのかなと。

子どもの「なんで?」にはドキッとさせられることも多いです。

昨年夏に恐竜のショーを見に行ったときのこと。ティラノサウルスが他の恐竜を食べてしまうシーンがありました。これを見て笑福はかなりのショックを受けました。そして帰りに聞いてきました。「なんでティラノサウルスは恐竜を食べるの?」と。一言で言えば「肉食恐竜だから」なのですが、子どもには通用しない。だから「自分たちが生きていくために食べるんだよ。笑福もご飯を食べるでしょ?」と説明する。

すると「でも、トリケラトプスは恐竜を食べないのに、なんでティラノは食べるの?」。それも「草食恐竜だからね」と言えば終わりなんですが、それでは納得しません。「そもそもなんで草食と肉食がいるわけ?」と自分の中でも疑問になり調べたりする。

結果、自分の中で消化できる答えが見つからないことも多いのですが、子どもの「なんで?」に真剣に向き合うことって、自分の中での日常を一度疑ってみたり、当たり前のことは当たり前じゃないんだと気づけたりする。

 

父と僕と息子

 

今年の2月、僕の父が76歳で亡くなりました。食道癌で3年近く闘病していて、最後の3カ月、父が入院している病院に、ちょくちょく行きました。父の病室に笑福を連れて行くと、僕には見せることのなかった笑顔を見せたり、動けなかった父の体が動き出したりして、孫の力って本当にすごいなと感じました。生きる希望を与えるってこのことなんだなと。

父が亡くなり、父の遺体が家に運ばれてくる。笑福は不思議そうな顔をしている。動かなくなった父を見て言います。「なんで、じいじは動かないの?」と。

そして、火葬したあとに、聞いてきました。「なんで、じいじはガイコツになっちゃったの?」と。「骨」ではなく「ガイコツ」と言われ、「そうかガイコツなんだな」と冷静に思えてしまう自分もいたり。

そのときの「なんで?」に僕と妻はできる限り説明しました。「じいじは病気になって、死んじゃったんだよ。人はね、病気になると死んじゃうの。とうともママも、いつか絶対に死んじゃうんだ。だから病気にならないように、気をつけて長く長く生きるんだよ」と。

笑福はわかったようなわからないような目をしています。そして聞きます「じいじはどこに行ったの?」。僕は「お空だよ。これからは、お空になって、笑福やとうとやママのことをずっと見守ってくれているんだよ」と。

笑福が「あのお空にいるの?」と聞くので、僕は空を指しました。太陽がまぶしく輝き、雲が揺れている。本当に父が見てくれている気がしました。

父を亡くした悲しみと寂しさが、息子の「なんで?」に答えることによって薄らぎ、少し前向きになれる自分がいる。そして自分も父親なんだからしっかりしようと思う。あのとき、父と僕と息子が、つながった気がしました。

息子よ、本当にありがとう。これからも、父親を勉強!

 

 

本記事は、「PHPのびのび子育て」2019年11月号特集【3・7・10歳で変わる! 子どもの「言うとおり」にしていいとき、ダメなとき】より、一部を抜粋編集したものです。

 

【著者紹介】

鈴木おさむ
放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビューし、バラエティーを中心に多くのヒット番組の構成を担当。また舞台の作演出や小説の執筆などさまざまなジャンルで活躍。2002年に森三中の大島美幸さんと結婚。

’15年に待望の第1子を授かる。