旦那さんの突然の緊急手術、記憶障害……1つひとつ家族で乗り越えていく中で、西村さんは娘さんのやさしさと成長に気づきます。

 

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3人で「いただきます」ができること~「幸せ」を感じた瞬間

3年ほど前、 仕事中に夫が高所より転落したとの一報が入りました。当時5歳だった娘をすぐ保育園に迎えに行き、病院へ急ぎました。
そして、医師より、左骨盤の粉砕骨折、 左手首の骨折、肋骨5本の骨折と告げられ、緊急手術をすることになったのです。手術前の夫の姿は、娘には衝撃的だったようで、私に「帰ろう」と何度も言ってきました。
あまりに突然のことで、私はどうすればよいのかわからず、ただ呆然とする日々の中、娘には悲しい顔を見せてはいけないと思い、精一杯いつも通りに過ごしました。
夫はICUからHCU、そして一般病棟へと移り、ようやく娘との面会が可能となり、娘と一緒に病院へ通いました。夫のパジャマや下着をコインランドリーで洗ったり、食事の下膳を手伝ったり、娘なりにお手伝いを一生懸命してくれていました。

その後、夫はリハビリ病院へと転院し、杖で歩けるまで回復しました。しかし、順調に回復しているように見えた夫の身体は、冬の厳しい寒さで手術をした骨盤付近が激しく痛み、部屋に引きこもるようになってしまったのです。
私と娘の2人での食事が続きました。夫の食事は毎日部屋の前に置いておき、少ししてから食器を下げます。
また、最悪なことに、強いストレスにより記憶障害が起き、夫は娘の顔と名前がわからなくなってしまったのです。私は本当にこんなことがあるのかと信じられず、不幸のどん底に落ちた気分になりました。
しかし、2カ月後に奇跡的に記憶が戻り、娘のことを思い出すことができました。そして、3月の卒園式、4月の入学式にも出席することができたのです。
娘は夫と歩くとき、負傷した左足とは反対側に自然と回るようになりました。「大丈夫?」と声をかけることも増え、 娘なりに夫の助けとなるように頑張ってくれていました。
当たり前にできていたことが突然できなくなるというのは、なかなか受け入れ難いものだと思います。2度目の冬、再度、記憶障害が起きましたが、幸い娘のことは忘れませんでした。
夫は、リハビリに行く途中に通る娘の小学校で、元気に走り回る娘を見つけるのが楽しみだと言い、時々、娘は夫がいることに気づき、「リハビリ頑張ってな」と言葉を交わすこともあるそうです。

私は、人とは違う環境で過ごす娘の精神面を心配していました。学校には何か変わったことがあれば、連絡をいただくようになっています。しかし、娘はひどく落ち込むこともなく、元気に学校生活を過ごしているようで、今のところ安心しています。
環境が変わったからこそ、当たり前が当たり前ではないことに気づけるようになりました。夫婦の会話も増えたように思います。そして、より助け合うようになり、娘は誰よりも人の痛みがわかる子に成長しています。

夫の調子がよいときは、3人揃って夕飯を食べることもでき、そのとき娘は、とびきり大きな声で「いただきます!」と言います。そして「やっぱり3人で食べるのが一番やな」と、いつもより、たくさん食べてくれます。
家族揃って「いただきます」ができること、今わが家が一番幸せを感じていることです。

西村ますみ(大阪府・41歳・パート)

 


 

「PHPのびのび子育て」6月号より

 

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本記事は、「PHPのびのび子育て」2020年6月号特集【乱暴な子、わがままな子にしない育て方】より、一部を抜粋編集したものです。