やめたいけどやめられないことをスパッとやめると、新しい未来が開きます。

 

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人生は短いのに、なぜやめないの?

『日本人は「やめる練習」がたりてない』という書籍を出して以来、「仕事や学校が嫌なのに、やめられない」という声を、日本の方からよく聞くようになりました。そもそもこの本を出すきっかけとなった「多くのひとは『辞める練習』が足りてない」で始まるツイートは、数万単位のリツイートや「いいね」がありました。それだけやめられない人が多いのだと思います。

いま私が住むマレーシアの人たちにそのことを話すと、「人生は短いのに、なぜ嫌なことを続けるの?」と言います。マレーシアでは、学校の先生でも会社員でも、やめてしまう人が少なくありません。日本なら、「そんな甘い考えではやっていけないよ!」って言われそうです。

やめないことのツケは大きい

私も、「やめる」ということをしてきませんでした。新卒で深く考えずに金融機関に入社したものの、まったく合わず、「失敗した」と思いました。しかし、一度入ったクラブ活動や学校をやめたことがなかった私は、どうやってやめたらいいのかわからなかったのです。なんとなく「やめないこと」で子ども時代や学生時代を乗り切ってきたツケは大きいものでした。

ところがある日ふと手にした本に、「時間を無駄にすることは、人生を無駄にすることだ」とあったのです。「私は人生を無駄にしていたのか……」と衝撃で、ようやく自分で自分の人生の舵をとることの重要性に気づいたのです。

マレーシアでは大人も子どももすぐやめる

多くの人は、親が決めたお稽古事や塾を、そのまま何も考えずに続けます。それが自分に合っていればラッキーですが、合っていなければ、膨大な時間の無駄になります。魚に木を登らせようとしてもうまくいかないのだから、ときには「やめる」ことで自分を見つめ直すことも重要なはずです。

マレーシアに来て驚いたのは、子どもたちが学校をすぐにやめて、転校してしまうことです。マレーシアでは、学校は子どもの個性に合わせて「選ぶもの」。「合わなければ、変えれば?」と言われます。我が家も「合わない」という理由で2回転校しました。

また、クラブ活動も「続けてはいけません」と言われます。一つのことを続けると、「ほかのことをやってみる機会が失われるから」と。たとえば、数学と絵画が得意な子なら、「では今年は音楽に挑戦しなさい」と、まったく違うジャンルをすすめられます。こうして小さい頃から得意、不得意に関係なく、あらゆることに挑戦し、やめることを繰り返すと、自分には何が必要で、何が好きで、何が得意かがわかります。

やめることで「自分」が見えてくる

「石の上にも三年」という言葉がありますが、どんな石が自分に合うかは、いろいろと試しては、「ちょっと違うかも」とやめる経験を繰り返さないとわかりません。大事なのは、「挑戦」と「やめる」を繰り返す中で、「自分が何者なのか」を見つけること。そのために、やめる練習は必要なのです。

 


 

「PHPスペシャル」7月号より

 

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本記事は、「PHPスペシャル」2020年7月号特集【心がラクになる「やめる」習慣】より、一部を抜粋編集したものです。

 

【著者紹介】
野本響子(のもときょうこ)
編集者、ライター。出版社勤務を経て、マレーシアに移住。現在は、オンラインサイト「マレーシアマガジン」編集長のほか、PRや教育、旅行事業などに従事。著書に『日本人は「やめる練習」がたりてない』(集英社新書)などがある。