念願の子どもを授かり、喜んだのも束の間。育児ノイローゼ気味になってしまった中川さんを支えたのは、今は亡き旦那さんでした。


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パパへ~私を励ましてくれた家族の「ひと言」

なかなか子どもができなかった私たち夫婦のもとに、それはそれはとても元気な女の子が生まれたのは、結婚9年目の夏でした。しかし、喜びは束の間。元気過ぎる娘、そのことが、私を苦しめることになるのです。
生まれたときから、止まることのない手足、寝ているとき以外は激しく泣き叫び、おっぱいを飲んでやっと眠ったと思っても、ドアの閉まる音など、ちょっとした物音ですぐに起き、再び泣き叫ぶ。障害があるのかもと頭をよぎりネットで調べまくっては、さらに不安になる。
眠れない毎日に、私は段々と疲れ果てていきました。マンションのベランダからわが子と一緒に飛び降りたいとまで考えるようになっていました。今思うと、当時の自分はどうかしていたなぁと情けなくもなりますが、あの頃はわが子を愛する自信を失い、一日がとてつもなく長く感じ、泣き叫ぶ娘を抱きながら、毎日涙が止まりませんでした。
そんな私に夫はいつも優しく、かわいい赤ちゃんを産んでくれてありがとう、と言ってくれました。その言葉が私の支えとなり、大袈裟かも知れませんが、その言葉のお陰で家族3人で生きていこうと思えました。また、障害を疑う私に夫は言いました。この子が生きやすい環境や援助を受けるために、何をしたら良いのか考えようと。強い人だな......と思い、私も親にならなきゃと覚悟ができました。
段々と成長するに連れて、癇癪がひどくなり、小さい頃とは違う大変さが出てきましたが、本気で娘と向き合うことで、楽しいことや嬉しいこともたくさんありました。
4歳になった頃、少しずつ字を覚え始めた娘が、寝る前に、「ママ、なんて書いたか当ててみて」と言いました。ワクワクしながら見ていると、指で天井に向かって「ままだいすき」と書いてくれました。「ま」がまだ難しいようで、とんでもない書き順で思わず笑いそうになりましたが、真剣な眼差しの娘が愛おしくてたまらなくなりました。
子育てに苦しんでいたときの私に教えてあげたい......あなたの娘は元気いっぱいで甘えん坊なかわいい女の子になるよと。そして、溢れんばかりの愛情を注いでくれ、天国へ旅立ってしまった夫にも......。
娘が、1歳の誕生日を迎え、歩けるようになった夏。人一倍子煩悩な夫は、様々な水遊び場へ娘を連れて行き、とても楽しそうに笑っていました。でも、父親になって僅か1年で、突然天国へ旅立っていきました。
苦しんでいた私を救ってくれたお礼もちゃんとしていないし、娘に100万回キスをするって言っていたのに......。でも、一生分の愛情を1年で娘に伝えてくれたと思います。
「パパへ あのとき私と娘を救ってくれて、本当にありがとう。あなたと私のかわいい娘を、精一杯育てます。ずっとずっと見守っていてください。かわいい娘を残してくれてありがとう」
子育ては、人それぞれ悩みや大変さがあると思いますが、誰か一緒に取り組んでくれる人が居ることは、とても心強いです。夫はもう天国に行ってしまいましたが、今は、両親がそばに居てくれます。
ちゃんと気持ちを伝える大切さを、夫が教えてくれました。だから毎日両親に、ありがとうと言います。娘にも、生まれてきてくれてありがとう、そう言って寝る前に抱きしめています。再来年の春には、小学生になります。

中川凛子(埼玉県・44歳・会社員)




「PHPのびのび子育て」10月号より


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本記事は、「PHPのびのび子育て」2020年10月号特集【ガミガミをやめれば子どもは変わる!】より、一部を抜粋編集したものです。