進学校渋幕が「東大合格」を重視しない理由は?“自調自考”が育てる、本当に必要な力

佐藤智
2025.06.10 14:51 2025.06.17 11:50

教室で勉強する男子学生

進学校として名高い渋谷教育学園幕張中学・高等学校、通称「渋幕」。
難関大学への進学実績で知られる一方で、学校が本当に大切にしているのは「何人東大に入れたか」ではありません。

チャイムのない授業、校則のほとんどない学校生活など、そこに貫かれているのは、「自分で考え、自分で決めて動く力」を育てるという、揺るぎない教育の哲学です。

本記事では、教育ジャーナリスト・佐藤智さんによる渋幕の丁寧な取材から、「子どもが主体的に学び、挑戦できるようになるには何が必要か?」という問いへの、具体的な答えを探ります。

※本記事は佐藤智 (著)『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)より一部抜粋、編集したものです。

全国屈指の進学校が進学実績より大事にしていること

チャイムが鳴らない。
遠足や修学旅行は現地集合・現地解散。
校則が(ほとんど)ない。
(ほとんど)先生から指導されない。
部活動や同好会を生徒が作れる。
行事への参画度合いは自分次第。

渋幕の卒業生に学校の特徴を尋ねると、以上のような回答が返ってきました。

生徒の自主性を重んじ、やりたいことができ、教師は「指導者」ではなく「相談相手」。たしかに実態として、「自由な校風」というものがあったのです。

取材のため、私は何度も渋幕へ足を運び、先生方、生徒たち、卒業生のみなさんのお話を聞きました。そこでよくわかったのが、「学校でのあらゆる場面に教育目標が染み出している」ということ。

「自由な校風」も「グローバルな教育」も言葉でいうのは簡単です。

しかし、それを真に実現するには、覚悟と一貫した姿勢が必要です。渋幕の先生はひとりひとりの生徒を見つめ、ときには葛藤したり不安になったりしながら、実現に向けて歩んでいました。

「自分で決断していく時代」への対応力が自然に身につく環境

空を見る中学生

お父さんお母さんも、近年「主体的な学び」や「自立」といったキーワードが教育で重視されてきていることはご存じかもしれません。これまでの多くの教育現場においては、教育が「子ども主体」ではなく「(子どものために)管理することが必要」という価値観のもとで成り立ってきました。子どもたちのことを真剣に考えているがゆえに、安全な管理下に置き、手をかけて、転ばぬ先の杖を与え続けてきたのです。

しかし、大人からいわれたことをこなせばいい環境にいれば、多くの子どもは「考えなくてもいいや」「どうせ誰かがやってくれる」と思うようになります。転ばないように地ならしをした道ばかりを歩かせていたら、子どもは過度に失敗を恐れるようになります。

渋幕は、そうした教育から飛び出す場です。

渋幕では、自分で考えて、決断し、行動しなければ、何も進みません。

「ここを歩きなさい」と誰からも指示されることはないので、でこぼこの中を歩き、ときには転びながらも、自分だけのオリジナルの道を見つけていくことが求められます。

つまり、渋幕が体現する「自由」は、決してラクな「自由」ではない。

自分の心の温度が上がることを敏感に感じ取り、頭をフルに回転させて、自分で動くことが欠かせません。

さらにいえば、個々の自由はときにぶつかり合います。それを調整するのも、生徒自身です。

先生はハラハラしながらも、生徒を粘り強く見守り続けます。答えは決して与えません。

「挑戦しなさい」「勉強しなさい」といっても効果がない理由

渋幕の校舎の1階。生徒が行き交うスポットに、「挑戦は自己認知の具現」と鋭くつきさす文字が掲げられていました。

「挑戦は自己認知の具現」

時間をかけて、この言葉をゆっくりと咀嚼してみてください。

私たちは「挑戦が大事だ」と思っているし、「挑戦しろ」と安易にいってしまいがちです。

しかし、挑戦が何から生まれるのかといえば、主体性からです。自分が乗り気ではないのに、親や先生に「挑戦しろ」といわれたからという理由でやったことは、挑戦ではありません。その場合、試みが失敗に終わると、「○○にいわれたからやったのに」と誰かのせいにしようとします。

「勉強しなさい」というのも同じことです。大人は、子どもの将来を案ずるあまり、つい「勉強しなさい」といってしまいがちです。

それは私たちがそういわれ続ける環境で育ったことにも由来します。

「勉強しなさい」という言葉には、「勉強=せねばならないもの」というニュアンスが含まれています。しかし、果たして、勉強とは誰かにいわれて渋々行うようなものなのでしょうか……?

探究学習で「問い」を立てられない子どもたち

勉強する中学生の机

渋幕の廊下に掲げられた「挑戦は自己認知の具現」という言葉には、まず自分を理解した先に、挑戦があることを啓示しています。

私が、さまざまな学校現場を訪れる中で頻繁に耳にするのが、「探究学習において子どもが『問い』を立てられない」という先生方のお悩みです。現在、小学校から高校まで探究的な学びが重視されています。しかし、その学習のスタートラインである「問い」が生まれてこないというのです。

「問い」が立てられないことは、社会や地域に対する課題(問い)を自分ごととして見つめることができない、ということを意味します。これはそのまま、イノベーションが生まれづらい、現在の日本社会の問題に直結するのです。

「問いが立てられない」ことと「挑戦ができない」ことには同じ背景があります。子どもたちが自分の心の動きや興味関心に蓋をしてしまっている、あるいは「こんな興味(好き)を学校で出してはいけない」と思っている。こうして、自分の思いを見ないようにし続けた結果、本当に自分の心にあるものがわからなくなってしまうのです。

「自ら学ぶ力のつけ方」を40年間突き詰めた驚異のメソッド

また、OECD(経済協力開発機構)が行っている生徒の学習到達度調査PISA(Programme for International Student Assessment)の2022年実施結果では、日本はOECD加盟国37か国のうち、数学的リテラシーと科学的リテラシーの両方で1位、読解力で2位という結果となりました。日本は学力的なリテラシーの分野において、大変な好成績をおさめたのです。この結果は、さまざまなメディアで称賛のもと、取り上げられました。

一方で、あまり報道がなされていない点として、「学びへの自律性」に関する調査があります。

今回のPISAが、コロナ禍を体験した子どもたちへの調査であったため、「学校が再び休校になった場合に自律学習を行う自信があるか」もテーマに調査が進められました。

その結果、「自力で学校の勉強をこなす」に対し、「自信がない」と回答した生徒は
58.4%(「あまり自信がない」「全然自信がない」の合計)。「自分で学校の勉強をする予定を立てる」に対して、「自信がない」と回答した生徒は63.3%(「あまり自信がない」「全然自信がない」の合計)などとなりました。

以上のような8項目の回答割合から、「自律学習と自己効力感」の指標を算出すると、日本はOECD加盟国37か国中34位となりました。

これからの社会は大きく変わっていくといわれています。そこかしこで、AIの台頭や少子高齢化による働き手不足、グローバル化などのトピックを聞かされているでしょう。すでに、未来への不安をあおる情報はあふれているので、私から詳しくお伝えすることはしません。

こういった社会で、「挑戦できること」「社会に対して問いを立てられるようになること」、そして「自律的に学べる自信を持てるようになること」が必要になることは、みなさん、もうお気づきでしょう。

ここで考えてほしいことは、ただひとつ。

「子どもたちが自ら考え、決定し、行動できるような環境はいかにして作られるのか」ということです。その環境こそが、子どもたちがそれぞれ持っている才能を伸ばしていく土壌となります。そして、才能とは「偏差値的な学力が高い」ということだけでは決してないはずです。

佐藤智

両親ともに教員という家庭に育ち、教育の道を志す。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。中学校・高校の教員免許を取得。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて、学校情報を収集しながら教育情報誌の制作を行う。その後、独立し、ライティングや編集業務を担う株式会社レゾンクリエイト(http://raisoncreate.co.jp)を設立。全国1000人以上の教員へのヒアリング経験をもとに、現在は教育現場の情報をわかりやすく伝える教育ライターとして活動中。

渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密

佐藤智 (著)『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)

千葉県で圧倒的な進学実績を誇る 渋谷教育学園幕張中学・高等学校、通称「渋幕」 初の教育メソッドを公開!

東大をはじめとする国内の難関大学や海外大学への高い進学実績のほか、サッカー元日本代表の田中マルクス闘莉王、アナウンサーの水卜麻美、直木賞作家の小川哲など多彩な卒業生を輩出する渋幕の、40年に渡る驚きの教育方法がついに明かされる!

チャイムが鳴らない、校則がほとんどない、研修旅行は現地集合・現地解散、メイクや髪型は自由、進路指導なし、帰国生がいて当たり前のように多言語が飛び交う……「自由」で「多様」な渋幕では、一体どんな教育が行われているのか? 想像を超える「教育理念の徹底」を、それぞれの家庭や学校に活かすためにどうすればよいのか、1000人以上の教員を取材した敏腕教育ライターが解説!