「親が気を付ける」だけでは不十分? ベランダ転落事故から考える本当の安全対策

大野美喜子
2025.10.24 14:32 2025.10.24 19:00

ベランダ

5月に次ぎ、ベランダ転落事故の発生件数が増える10月。東京都生活文化局消費生活部も注意情報を発信しています。

子どものベランダ転落事故を防ぐには、大人による対策が欠かせません。しかし現代の保護者は忙しく、危機感の持ち方も人それぞれ。対策しようと思っても、忙しさの中で後回しになっている家庭も多いのではないでしょうか。

「親の意識次第で子どもの安全が左右されるのは、望ましい状態ではない」と語るのは、子どもの事故予防について研究する大野美喜子先生。大野先生の語る「本当の安全対策」とは何なのでしょうか。直接お話を伺いました。

※この記事は後編です

安全を支えるのは“環境と仕組み“

マンションのベランダ

─子どもは日常的に大人の想像を超える行動をするので、つい親の感覚が麻痺してしまうこともあると思います。
親自身の「まあ大丈夫だろう」という油断は、どのように取り除けばいいでしょうか。

正直に言うと、保護者の意識を変えるのはとても難しいです。子育て中の親御さんは本当に忙しいので、事故防止の対策が必要だと分かっていても「明日でいいか」と後回しにしてしまうことがあります。「今日大丈夫だから明日も大丈夫だろう」と考えてしまうのも自然なことだと思います。

私は健康教育の専門家として、子どもの事故予防の啓発活動に取り組んできました。教育や啓発が無駄だとは思いませんし、社会全体の意識を高めることには意味があると思います。ですが、人の意識には個人差があり、「気をつけよう」と意識しそれを継続できる人もいれば、仕事や家庭の忙しさで対策があと回しになってしまう人もいます。ですから、個人の対策だけに頼るのではなく、命を守る最低限の安全な環境を社会全体で整えることが重要だと考えています。

たとえばベランダの補助錠は、自分で購入はしなくても、家に届けば使う家庭は多いはずです。だからこそ、子育て世帯には行政が補助錠を無償配布するなど、保護者が対策を取りやすくなるようなサポートが有効だと感じています。

基本的には、保護者があまり意識しなくても、ある程度安全な環境が整っていることが理想ではないでしょうか。

─子どものベランダ転落事故について、社会全体でも何らかの対策をしていると思いますが、具体的にどのような取り組みが行われているのでしょうか。

最近は国や自治体でも、子どもの事故防止に向けてさまざまな取り組みが行われています。消費者庁の消費者安全調査委員会では、転落再現動画や事故防止のためのチェックリストを発信するなど、ベランダからの事故対策に取り組んでいます。

また、「チャイルドデスレビュー(CDR)」と呼ばれる、子どもの死亡事例を検証し再発防止につなげる仕組みも導入しました。

東京都でも、3年ほど前に「子供政策連携室」が設置され、安全な環境づくりを目的とした事業が進められています。

また名古屋では、双子のお子さんがベランダから転落して亡くなる事故をきっかけに、啓発活動の一環として子どもがいる家庭に補助錠を配布する取り組みが行われました。東京都内でも一部の自治体で同様の配布が実施されたと聞いています。

とはいえ、対策が十分かというと、まだ課題は多いのが現状です。ただ、子どもの事故予防が国や自治体の重要なテーマとして注目され始めていることは確かです。

―日本以外の国では、社会全体で対策している例はありますか?

先進的なのはニューヨークの取り組みですね。子どもの転落が大きな問題になったことから、ニューヨーク市では、10歳以下の子どもがいる家庭に窓ガードを設置することが義務化されています。

賃貸住宅の場合、ビルのオーナーや管理者が窓ガードを設置する義務を負い、保護者は子どもがいることを報告する必要があります。

この仕組みによって、現在転落事故はほとんど起きていません。日本でも同じような制度があれば、同様の効果が期待できると思います。

「できない」と声を上げていい

悩む母親

―最後に、先生から保護者の方へメッセージがあればぜひおねがいします。

子どもの事故ってやっぱり怖いですし、重症になったらどうしようと思うと、「何か対策しなきゃ」と思ってしまいますよね。

でも、事故対策は、親がずっと気を張っていなくても大丈夫なようにするためのものです。自分を少し楽にするために、ちょっと目を離していても子どもが事故に遭わない環境を作る。これが本当の事故予防です。

ですから、「頑張ってやらなきゃ」というよりも、「自分を楽にするために対策しておきましょう」という考え方のほうが大事だと思います。

とはいえ、今の保護者は毎日忙しく、できないこともたくさんあります。「補助錠の選び方がわからない」「設置までのハードルが高い」「疲れてネットで商品を探す気力もない」など、そうした「できない状況」があるなら、その現状をぜひ発信してほしいと思います。

「やってられない」「面倒くさくて無理」「もう誰かにやってほしい」と思う気持ちも、決しておかしいことではありません。

子どもを守りたい気持ちは、親なら誰でも持っています。それでも対策に手が回らないときは、「自分には何ができないか」という声を上げてほしいのです。社会の仕組みを作るときには、この本音がとても参考になります。

「知っているけどできない」という人も多い中、「保護者が知らないからやらない」と思われがちです。だからこそ、「できない」という声はぜひ積極的に上げてほしい。その声が社会や制度に反映され、子どもが安全に過ごせる環境をつくる力になるのです。

大野美喜子

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人工知能研究センターに所属し、AIを用いた傷害予防教育プログラムの研究などに携わる。子どもの事故予防に取り組むNPO法人「Safe Kids Japan」理事としても活動。2児の子育てママ。