ボロボロの枕を「まくらちゃん」と呼ぶ息子 その“顔”を描いた理由にハッとした【うちのアサトくん第10話】

黒史郎
2025.11.14 11:09 2025.12.05 20:00

まくらちゃんイメージ

アサトくんはお気に入りの枕を「まくらちゃん」と呼びます。その溺愛ぶりといったら、どこへ行くにも小脇に抱えて持っていくほどなのですが……。

小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。

※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年3月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

まくらちゃんの顔

アサトが「顔がハート形のヒト」を描くようになった。

何を見て描いたものだろう。こんなぬいぐるみはわが家にないし、ネットの動画やアニメでも見たことがない。想像で生み出したにしては描かれる頻度が高く、最近は必ずといっていいほどアサトの絵の中に、この「ハート顔」がいる。

「これはだれ?」と本人にたずねる。

「まくらちゃん」と返ってくる。

「えっ、これが……?」

妻と僕は、「ハート顔」の絵を見つめる。

まくらちゃん。

それは薄汚れて灰色になったボロボロの枕のことだ。

赤ちゃんの頃からアサトが使っているもので、ぬいぐるみの「カパエル」や「カパみち」同様、ずっとアサトのそばにあったものだ。

はじめはヒヨコ柄の黄色い枕カバーをつけていたが、アサトが吸ったり噛んだりしているうちにぼろぼろになった。同じ柄のカバーが見つからないので、妻が「アンパンマン」柄の黄色の布で新しい枕カバーを作ったが、お気に召さなかったらしく目の前ではがされ、中身だけ抜き取られた。

何度作ってもカバーは即日にはがされ、そのたびに妻は心を挫かれていた。

妻には悪いが、どうも枕カバーは重要ではないらしい。試しにしばらくカバーなしの状態にしてみたら、いつもと変わらぬ様子で吸ったり噛んだりしていたのだ。

でも、これでは枕本体にダメージが蓄積されてしまう。案の定、だんだんと端からほつれてきて、中の綿が飛び出てしまい、たびたび妻が補修していた。

──そんなわけで、まくらちゃんの見た目は、枕には見えないほどズタボロに変わり果ててしまった。

それでもアサトの溺愛っぷりは、まったく変わらない。

折りたたんでセカンドバッグのように小脇に抱え、どこへ行くにも同行させていた。

もはや一心同体。

そんな大事なまくらちゃんが、たまにこつ然と消えることがある。

どこにでも持ち歩くから、どこかへ置き忘れてしまうことがあるのだ。

よく、寝る前にまくらちゃんがいないことに気づいて、家中をうろうろしだす。あちこちをめくったり、開いたり、潜り込んだりして、まくらちゃんの居場所を捜す。

どこを捜しても見つからないと、

「どこかな」

そう言って僕らの手を引っぱる。

アサトの「どこかな」は、「すぐに捜せ」の命令だ。

「もう遅いから今日はネンネしな」
「どこかな」
「あとで捜しておくから」
「どこかな」
「パパもママも忙しいんだよ」
「どこかな」

この命令にだけは、けっして誰も逆らうことを許されない。

しぶしぶ、妻と2人で捜しだすが、あまり僕らがグダグダしていると、「どこかな!」と半ギレ気味の喝を入れられる。自分でなくしたくせに……。

家中のぬいぐるみを集めて遊ぶときも、まくらちゃんは必ずその中にいる。

物に対して「いる」というのも変な表現だ。なにせ、ぬいぐるみと違って顔も手足もないのだから。それでもアサトにとって、まくらちゃんは友だち──いや、家族なのかもしれない。

だからアサトは、まくらちゃんの絵に顔と身体を描く。

しゃべって動けるキャラにしてあげる。

「でも、なんでハートなんだろうな」

「んんん──あ、わかった。ほら」

妻がまくらちゃんを2つに折りたたむ。

横から見るとハートになっていた。

黒史郎

横浜市在住。重度の自閉症(A2)と診断された息子さん、奥様とともに暮らす。著書に、『幽霊詐欺師ミチヲ』(KADOKAWA)など多数。