小学校低学年の校内暴力が増えている? “幼稚な怒り”の裏にある精神年齢の低下

日々、学校ではさまざまなトラブルが起きています。なかでも近年増えているのが、小学生低学年による校内暴力だと、ノンフィクション作家の石井さんは指摘します。
授業中に友達を殴る、教師に物を投げつける……こうした行動には、どのような背景があるのでしょうか。
本記事では、石井さんの著書『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』から、その一部を抜粋してご紹介します。
※本稿は、石井光太著『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』(CEメディアハウス)より一部抜粋、編集したものです。
激増する校内暴力

―休み時間に友達の顔を殴った。
―先生に筆箱を投げつけて眼鏡を壊した。
―下級生の髪を引っ張って抜いた。
保育園や小学校では日々多くの暴力トラブルが起きています。保護者であれば誰もが一度は、他の保護者がこんなふうに囁いているのを耳にしたことがあるでしょう。
「Gちゃんはすぐに手を出すよね。今日もH先生が注意したら、Gちゃんがいきなりバケツを蹴って他の子に当てて怪我させたみたい。親のしつけがなってないんじゃない?」
幼い頃から粗暴な行為が目立ち、誰彼構わず手を出してしまう子は存在します。幼児期は腕力がないのでそこまで大事に至ることは少なく、せいぜい「すぐ手が出る子」「かんしゃく持ち」くらいで済まされます。
ただし、小学校に上がると身体が大きくなるので、ちょっとした衝突によって相手を傷つけたり、器物を破損させたりすることになる。すると、子どもたちは「暴力を振るう子」「荒れている子」と危険視され、友達からも保護者からもつまはじきにされます。
現在、日本の学校では暴力行為が過去にないほど増加しています。
文部科学省によれば、暴力行為の内容は「生徒間暴力」が8万460件、「器物損壊」が1万4072件、「対教師暴力」が1万3043件、「対人暴力」1412件となっています。生徒間暴力はともかく、先生に対する暴力が、器物損壊と同じくらいの数字になっていることに驚きを禁じえません。
学校で行われる暴力行為は「校内暴力」と呼ばれます。この言葉が広まったのは、1970年代後半から1980年代にかけてです。
当時を知っている世代の人たちが校内暴力と聞けば、おそらく不良グループが学校の中で暴れ回っている光景を想像するのではないでしょうか。
体育館の裏で新入生をリンチする先輩たち、バットで割られた校舎の窓ガラス、学校の不良グループ同士の抗争、気の弱い先生をターゲットにしたいじめ、校庭で盗難バイクを乗り回す卒業生たち……。
このような暴力の根源にあったのは、尾崎豊の歌詞にあるように、大人による抑圧に対する抵抗であり、逃避だったと言えるでしょう。
たしかにあの時代の社会には、“管理教育““学歴主義“が今以上にはびこっていました。
学校は子どもたちの個性に目を向けず、横一列に並べ、テストの点数を競わせました。そして学力が高く、先生に従う子には「優等生」の称号を与えて、そうでない者には「劣等生」の烙印を押していた。
後者の子どもたちがこれに抵抗する形で作り上げたのが不良文化でした。ボンタンや短ランと呼ばれる変形の制服、リーゼントやパンチパーマと呼ばれる派手な髪型、鉄板を入れた学生鞄やナックルのような凶器、シンナーや暴走といった非行……。
今の子どもたちは漫画や映画でしか不良文化を見たことがないので、どうしてわざわざそんな格好をしていたのか、理解に苦しむかもしれません。でも、学校へ行ってまでそんなスタイルを誇示したのは、それが当時の子どもたちにとってのレジスタンスだったからです。
このような子どもたちの反抗心がもっとも過激な形で表出するのが、校内暴力と呼ばれる行為でした。学校の物品を破壊し、先生に手を上げる。その行為には、学校を中心とした社会に徹底して抗うという意味合いがあったのです。
とはいえ、子どもたちがここまで激しい言動に及ぶには、それなりの体躯と腕力が必要になってきます。
小学生が反抗したところで、体力的に勝る先生に力でねじ伏せられてしまう。そうなると、中学生以上の年齢にならなければ、なかなか校内暴力と呼ばれる行為に及ぶことはできません。不良漫画の主人公の大半が中高生であるのはそのためでした。
しかし、現在起きている校内暴力は、それとはまったく異なる様相を呈しています。図5は、小中高生の暴力行為発生件数の推移を示すものです。ここ10年ほど、中高生の暴力件数に比べて、小学生が長期にわたって大きく増加していることがわかるでしょう。
これを見て、どういうことなのかと首を傾げた方も多いのではないでしょうか。
小学生が大人である先生に立ち向かっていって勝てるわけがありません。校内で暴れたところで、簡単に首根っこをつかまれて、取り押さえられるでしょう。にもかかわらず、なぜ中高生を出し抜いて、小学生が校内暴力の主人公になっているのか。
実はこの疑問を明らかにすることが、現代の子どもの暴力を理解することにつながるのです。
増える“幼稚な暴力“

小学生と一括りにしても、小1から小6までは身体面、精神面において大きな違いがあります。小学生の校内暴力の急増の原因を明らかにするには、何年生に暴力的な傾向が強いのかを見ていく必要があるでしょう。
暴力の増加の程度を学年別に分けたものが、図6です。この統計からわかるのは、増加率は小学校の高学年より低学年の方が上がっている点です。小1に関しては、10年間で10倍以上という驚くべき状況です。

低学年のクラスで起きている現状を理解するために、福島県の小学校で起きた出来事を紹介しましょう。
小学校1年生のクラスに、とても甘えん坊の男の子がいました。彼は授業中も休み時間も区別なく担任の男性教員にじゃれついてきた。手をつなぎたがったり、膝の上に乗りたがったりするのです。
ある日の掃除の時間に、男の子はいつものように先生に抱きつこうとしました。先生がそれに気づかずに振り返ったところ、腕が彼の顔に当たってしまった。すると男の子は自分を否定されたと思い込み、「先生なんて大嫌い!」と叫んで、あろうことかほうきで先生の顔面を殴りつけました。先生は眼鏡を壊され、顔の一部を怪我したことから、校内暴力事案として報告されました。
みなさんは、この例を知ってどう感じるでしょうか。
小1とはいえ、男の子の行動があまりに幼稚だという印象を抱いた方も多いと思います。
冷静に考えれば、先生が故意に叩いたわけではないことがわかるでしょう。どう考えても、男の子が我を失って目上の先生に殴りかかるような状況ではありません。まるで保育園や幼稚園に通う未熟な子が、そのまま小学校に上がってきてトラブルを起こしているようです。
実は、今の小学校で起きているのは、このような幼稚な子たちによる校内暴力なのです。愛知県の小学校に30年以上勤めてきた校長先生は、次のように話していました。
「昔は学校で暴力を振るう子は、どちらかと言えば成長が早くて身体が大きなガキ大将的な子か、家庭に問題がある情緒不安定な子といった印象でした。こういう子たちは、暴力が悪いことだと自覚しているので、先生の目の届かないトイレや体育館の裏で問題を起こすことが多かった。人前でやるのは、怒りが収まらなくなった時とか、わざと不特定多数の人に対して自分の力を誇示しようとする時だけです。
今はかなり変わりましたね。精神的に未熟なまま小学校に上がってきた子が、朝礼中だとか、授業中とかにいきなり激高してクラスメイトに手を上げるといったことが増えています。
一言でまとめれば、“幼稚な暴力“が目立っているのです。
普通は小学生ともなれば、それなりの理性を持ち合わせるものです。ちょっと気に入らないことがあっても、グッと感情を押し殺し、相手とぶつからないような物言いをしたり、行動を取ったりします。
でも、保育園や家庭で、そういう力を身につけず、そのまま小学校に上がってくる子が増えているのです。30年くらい前と比べて、明らかに子どもの精神年齢が2歳くらい低くなっているというか、幼稚になっている。低学年に暴力行為が増えている要因の一つは、間違いなくこういう未熟な子どもが増加していることにあるでしょう」
校長先生が話すように、昔の子どもの暴力には大きく二つのパターンがありました。一つが、身体が大きな子が、人間関係がこじれた際に、腕力で簡単に解決しようとするケース。もう一つが、家庭の問題などでストレスを抱えている子が、それを晴らすために身近にいる弱い子に手を上げるケースです。
今もこうした子はいるにはいますが、それとは別に新しく増加しているのが、「未熟な小学生による幼稚な暴力」なのです。
保育園や幼稚園に通う、未就学児のいざこざを思い描いてみてください。
3歳くらいの子は脳が発達段階にあり、感情のコントロールができません。そのため、遊んでいる最中に「友達に遊び道具を奪われた」「絵本を貸してくれなかった」といった些細なことで頭に血が上り、衝動的に相手を突き飛ばすなどといった行動に出ることがあるでしょう。未就学児の間で起こるトラブルの大半は、こうしたものです。
ただ、普通は5歳くらいになれば、前頭葉をはじめとした脳の器官もだいぶ成長し、理性によって感情を抑制できるようになるので、人とぶつかるような行動を慎んだり、話し合いによって解決したりするようになります。小学生くらいになると言動の慎み方を身につけ、親の助けなしに人と付き合えるようになるのはそのためです。
ところが最近は、かつて年少や年中のクラスにいたような未熟な子どもたちが、そのまま小学校に上がってくる。それゆえ、小学生なのにこれまででは信じられないほど些細なことで逆上して、相手に殴りかかったり、物を壊したりする。そして、それが小学校の中でも、特に低学年の子の暴力が増えている要因となっているのです。
石井光太著『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』(CEメディアハウス)
「よりによって、どうして、うちの子が——」
それは、いまや誰にでも起こり得る現実です。
いじめ、性の問題行動、SNSでの誹謗中傷、暴力、自傷。今や子どもは、加害者にも被害者にもなり得る時代。
しかも、その「きっかけ」や「背景」は、大人が思う以上に複雑かつ見えにくくなっています。
本書は、『誰が国語力を殺すのか』『教育虐待』などで知られるノンフィクション作家・石井光太が、現代の学校・家庭に潜む“見えない地雷”を多角的に描いた渾身の書き下ろし。
子どもを取り巻くトラブルのメカニズムを、いじめ・性・暴力・自傷・スマホ・家庭環境といった切り口から徹底解説し、「なぜ加害が起きるのか」「どう被害が拡大するのか」を親目線で丁寧に紐解きます。
我が子がトラブルに巻き込まれた時、そして我が子がトラブルの発端となってしまった時、親や周りの大人はどうするべきなのか。
そうしたトラブルに無縁の子どもをいかにして育てるのか、といった実践的な問いにも答え、子どもに関わるすべての大人に必要な心構えを探ります。






























