時代が変わっても、お母さんに求められることは変わらず、逆にやることは増えている......。子どもに早くと言ってしまうのは、ある意味仕方がないことなのかもしれません。


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こんな社会だから......

料理の時短レシピ、掃除なら時短ワザ。このところ「時短」という言葉がよく聞かれます。実際に試して効果を実感し、うれしくなる方もいるでしょう。
一方で、いつも以上に時間がかかると不安になることも増えています。典型的なのがネット環境やスマホの操作。アプリの起動が遅いとか、SNSでメッセージを送った相手から返信がこないとか、ほんの数分でも「待てない」となりがちです。

遠く離れた人ともすぐに対面できる便利な世の中

とにかく早いほうがいい、遅いとついイライラする、こんな気持ちになるのにはいくつかの理由があります。1つは社会環境が「スピード重視」になっていること。たとえばピザのデリバリーなら、「30分」と「1時間」では顧客の満足度がまったく違います。
早さを可能にする物理的な環境が整ったことも大きいでしょう。ビデオ通話機能を使えば、遠く離れた人とでもすぐに対面できるため、わざわざ時間をかけて会いに行かなくても大丈夫。撮ったばかりの写真や動画を、たくさんの人と共有するのも一瞬です。

SNSで他の家庭が見えることで生まれる焦り

次に、情報化と可視化という要因です。情報量が増えるほど、内容を理解したり、それぞれの方法を比較したり、自分に合った選択をしなくてはなりません。スムーズにいけばいいですが、迷ったり悩んだりすると、やはりイライラが募ります。
特にSNSでは家庭や子育てに関する投稿から、よその子や、ほかのお母さんの状況が一目瞭然。発育に教育、遊びや友だち関係、日常生活までわかるため、「ウチの子は遅いのでは?」とか、「もっといい親にならないと」とか、否応なく駆り立てられてしまいます。
気づけば子どもを「早く、早く」と急かしたり、自分のほうも「あれも、これも」と抱え込みすぎたりするのです。

フル回転で動いても、理想通りにいかない毎日

そして3つ目は、理想と現実の乖離です。共働き家庭が増え、男女平等意識は高まり、「女性が輝く社会」などというスローガンも打ち出されます。
仕事に家事に子育て、その上いつもきれいで優しく明るくと、お母さんに対する期待値は上昇するばかり。
ところが、現実はそう簡単にはいきません。期待に応えようと思ったら毎日フル回転で、「輝く」どころか疲労困憊。そんな自分に落ち込んでも、SNSで「スーパーママ」を目の当たりにすると、弱音を出しにくくなります。
一見うまくいき、がんばっているようでいて、心の奥では悶々としている人も少なくないでしょう。

思いがけず届いた我が子からのメッセージ~ある親子の事例

ご紹介する親子のエピソードから、あなたは何を感じるでしょうか。

さまざまな背景を考えると、「早さ」にとらわれるのは仕方がないとも言えます。けれどもその結果、家庭はピリピリ、親子関係がギクシャクしては心穏やかではいられません。どうすれば子どもを急かさないでいられるか、またお母さん自身の焦りを減らせるのか、私の取材例を紹介しましょう。

5歳の男の子を育てるAさんは会社員として働きながら、家事に子育てにと奮闘していました。出張の多い夫はあてにできず、いわゆる「ワンオペ育児」です。
早朝に起床し、ひと通りの家事を済ませ、子どもを保育園に送ったら小走りで出社。仕事を終えたら一目散に保育園に向かい、子どもを連れてスーパーへ駆け込みます。食材を手に急ぎ足で帰宅すると夕食に入浴、子どもの歯みがきや保育園の連絡ノートのチェックなど、息つく間もありません。
Aさんは髪を振り乱さんばかりの勢いなのに、子どものほうはおっとりタイプ。何をするのも時間がかかるため、「早く歩いて!」「急いで食べなさい!」と、毎日のように急かしていました。

まだ小さいからゆっくり

ある日の帰宅途中のこと、いつものように急ぎ足で歩くAさんがふと横を見ると、ついてきているはずの子どもがいません。慌てて探すと、子どもは今来た道の途中でしゃがみこみ、散歩中の子犬をさわらせてもらっているようでした。早速、子どもに近づいて、「ほら早く。ママ行っちゃうよ」と口走ったAさんに、思わぬ声がかかります。 
「よかったら、お母さんも遊んでいって」。そう言ったのは子犬の飼い主の女性でした。
遊ぶヒマなんてないのになぁ、と思いながら、飼い主の手前、邪険な態度も取れません。Aさんは子どもと一緒に子犬をなで、しばらく散歩につきあうことにしました。
すると、飼い主の女性がこう言います。
「まだ小さいから、ゆっくり歩いてもらうんだけどいいかしら?」
子犬のペースに合わせてくれるよう頼まれたAさんは、ハッとしました。「まだ小さいから、ゆっくり」という言葉が、我が子からのメッセージのように胸に刺さったのです。そうしてゆっくりと歩みを進めたAさんは、わずかな遊びの時間さえ許せなかった自分、子どものペースを忘れていた自分に気づかされました。

Aさんのエピソードからは、日常を別の視点で見ることの大切さが浮かび上がります。たとえば歩くという行為なら、「早く」と子どもを急かす前に、大人と子どもの歩幅の違いを思い出してみましょう。親の1歩が子どもにとっては3歩分、そう考えれば少しくらい待つことができるはずです。

子どもの歩調に合わせて、周りを眺める心のゆとりを

のんびりする時間は「無駄」ではなく、そこから得るものがあるかもしれません。
先のAさんは帰宅後、子どもと子犬の話題で盛り上がり、久しぶりに心から笑える時間をもてました。「犬がほしい」という子どもに、将来飼うことを約束し、そのためにどんな準備が必要かを話して聞かせました。すると子どもは「がんばる」と言い、片づけや着替えなどに率先して取り組むようになったのです。
「まだ小さいから、ゆっくり」、ときどきは、そんな言葉をつぶやいてみましょう。子どもの歩幅に合わせてゆっくり歩き、周囲の景色を見てみましょう。
昨日までの焦りが、今日はあらたな発見に変わっていくかもしれません。




「PHPのびのび子育て」5月号より


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本記事は、「PHPのびのび子育て」2021年5月号特集【「早く!」をやめれば、子どもは変わる】より、一部を抜粋編集したものです。

【著者紹介】
石川結貴(いしかわゆうき)
作家・ジャーナリスト。家族・教育問題、子育てなどをテーマに取材。豊富な取材実績と現場感覚をもとに執筆、講演などを行ない幅広く活動中。私生活では2人の息子の母。著書に、『お母さんと子どもの愛の時間』(花伝社)など多数。