【子育て体験談】とっても楽しいよ
流産のつらい体験から立ち直る力になったのは、息子さんの不思議な言葉でした。
※本記事は『PHPのびのび子育て』(2017年7月号)に掲載され、WEBサイト「PHPファミリー」にて公開されたものです
流産の経験し、つらい気持ちを抱えていた…
2歳になったばかりの息子と、お昼ごはんを食べていたときのことです。2人並んで座って食べていると、息子が窓から見える空を指さしながら、
「パパとママをお空から見ていたよ」
「楽しそうだったから、来たよ」
と話したのです。あまりに突然の話の内容に驚くとともに、「ありがとう、ここを選んでくれたんだね」と、うれしくなって、思わず泣いてしまいました。
まだおしゃべりがそれほど上手ではなかった息子が、いったいどんな感覚や記憶を、まだ少ない語彙の中から私に伝えようとしてくれたのかが、とても不思議で、そして神秘的だなあと思った出来事だったのです。
その後、私は新しい命を宿しました。しかし、喜んだのも束の間、結局、心拍が確認できませんでした。はじめて経験した流産は、精神的にも肉体的にもつらいものでした。
つわりはまだ続いていたので、つわりがあれば、お腹の子は元気な証拠だなんて、どこのだれが言ったのだろうと、お腹をさすりながら泣いたり、妊娠の報告を喜んでくれた義父母や私の両親を思い出して、悲しませる結果になって、言うのが早すぎたなあ、と悔やんで泣いたり。私の不安定な気持ちを察してか、夜泣きが増えてしまった息子の寝顔を見ながら、「ごめんねえ」と泣くこともありました。
流産の手術後、つらかったつわりはウソのようになくなりましたが、それは同時に、お腹から赤ちゃんがいなくなったことを現わしていました。体調は戻りつつありましたが、心はなかなか追いつきません。
しだいに、なんだかわからない不安が、いつも私の心をおおっているような感覚になり、苦手な場所が増えていったのです。
車や電車に乗るのもこわい、行き慣れたはずのスーパーマーケットや公園でさえも、なんだかこわい。自分の行動範囲がどんどん狭くなっていくのを感じ、気持ちも暗くなりました。
でも息子には沈んだ顔は見せられません。外出がこわいときは、玄関先にシートを敷いて、息子と一緒におにぎりを食べたり、シャボン玉を吹いたりしたのですが、それが精いっぱいのときもありました。
でもある日、私が、
「お腹の赤ちゃん、お空に忘れ物取りに行っちゃったのかな。またママのお腹に戻ってきてくれるかな」
と、つい息子につぶやくと、息子は、
「おーい、パパとママのところ、とっても楽しいよー。また来てねー」
と、空に向かって手を振ったのです。
私はその言葉を聞いて、心がすーっと晴れるような、ハッとわれに返るような感覚になりました。
今を楽しいと思ってくれているなんて……。楽しそうだから、と私のところに来てくれた息子が、今を楽しいと思っているのだったら、それでいいのではないか、と、心が軽くなったのです。
周りの人を悲しませて、心配ばかりかけている自分はなんてダメなんだろうと、知らず知らずのうちに自分を責めすぎていたのかもしれない。
「がんばらなくちゃ、元気にならなくちゃ」と自分の心に負担をかけたり、無理に笑顔をつくったり、そうすることが前へ進む一歩だと思っていたけれど、じつは逆効果だったのかもしれません。
周りが「大丈夫だよ」と私にかけてくれた言葉を、もっと素直に聞けばよかった。
空から、ここを選んでくれたこの子が、今度は空に向かって手を振っているなんて、私の悩みも吹き飛ぶくらい、すごく壮大なことに思えたのです。
(松田文乃、千葉県)