子どもをかわいがれないのは、「甘えられなかった記憶」のせい!?
子どもに優しくできない、甘えられるのを受け入れられない……そんな悩みを抱えていませんか?原因は、お母さん自身の「甘えられなかった記憶」にあるかもしれません。
※本稿は、菅野幸恵著『甘えれば甘えるほど「ひとりでできる子」に育つ』(PHP研究所)より、一部を抜粋編集したものです。
あなたは甘えてきましたか
子育てをしていると、忘れていたと思っていた幼少期の親との記憶がよみがえってくることがあります。ギュッと抱きしめられたときのぬくもり、手を握ってもらうだけで安心したこと、眠れないときずっと背中をさすってもらったことなど、思い出すと心が温かくなる記憶もありますが、思い出すと凍りついてしまうような記憶もあるでしょう。
叱られて暗い押し入れに閉じ込められたこと、言うことを聞かないといって叩かれたこと、「お前は悪い子だ」「そんな悪い子は家の子ではない」と言われて見捨てられたような気持ちになったことなど、忘れたはずの過去にふいに襲われることがあります。
精神科医のフライハーグ氏は、乳児と二人きりのときに親を襲う言葉にできない不安、恐怖、苛立ちは、親自身の拒否されたり痛めつけられたりした記憶がよみがえったことによって起こると考え、それを「赤ちゃん部屋のお化け」と名づけました。
何をしても泣き止まないわが子を目の前に途方に暮れ、どうしようもない不安に襲われ、自分がどうにかなってしまいそうな恐怖を感じるのです。
甘えられなかった記憶
子どもを甘えさせることが大切なことはわかるけれど、どうしても受け入れられないとき、自分を責める前に、あなた自身がどう育ってきたのかを振り返ってみましょう。今、育てる立場にある人はだれしも、かつては育てられる立場であったはずです。
どのように育って(育てられて)きたかは、育てる立場になったときにいろいろな形で表れます。自分がしてもらったようにしようと思うこともあれば、逆に自分がされたことは決してすまいという強い思いをもって育てる者になることを決める場合もあるでしょう。
ただ自分は決して同じようにはしないと思っても、例えば子どもが泣き止まないなど、うまくいかない事態に陥ったとき、過去の体験がどうしようもない不安や苛立ちとして立ち現われてくることがあるのです。
大事にされている子どもがうらやましくなったり、こんなによくしてあげているのにどうして言うことを聞かないのだろうと、子どもに対してどうしようもない苛立ちを覚えたりするとき、甘えられなかった記憶があなたを縛り付けているのかもしれません。
3歳の女の子を育てているマイさんは、娘のちょっとした失敗を受け入れられずに叱りつけてしまう自分に嫌悪感を抱いていました。叱る自分にかつて自分を叱りつけた母親の姿を重ね、「ごめんなさい」と泣きじゃくる娘に母親の顔をうかがうように過ごしていた自分の姿を重ねて思い出していました。自分は母親のようにはならないと決めたはずなのにと。
親になること
人は子どもが生まれれば自動的に親としてのふるまいができるようになるわけではありません。女性であればだれでも上手に子どもを扱えるわけでもありません。母性(子どもをケアするという意味での)は本能ではなく、子どもを育てるなかで育まれるものです。
親になるプロセスは一筋縄ではいきません。生まれたばかりの子どもは昼夜関係なく泣いておとなの関わりを求めますし、動けるようになると危ないものに手を出そうとするので目が離せません。
自我が芽生えてくるとなんでもかんでも自分でやろうとして親の手助けを拒否したり、一方でひとりでできるはずのことなのに親に手助けを求めたりするようになります。そのような子どもの要求に応えていくために親は自分の欲求をいったん棚上げすることが必要です。
もちろん、子どもの要求に100%応えられる親はいません。親もまたひとりの人間であり、その時間や体力にも限りがありますから、他のことで手が離せないときや、疲れているときなど応えられないことは当然ありえます。多くの親は、ギリギリのところで子どもの要求に応えています。
ただ自分自身の欲求が満たされていない場合、ギリギリのところの我慢がききにくくなります。満たされていないという自らの思いがあふれてきてしまうのです。甘えられなかった経験は親になることをより一層困難にします。
生き延びてきた自分をねぎらう
満たされない幼少期を過ごすと、親になることは難しいのでしょうか。甘えられなかった過去を変えることはできませんが、現在を変えることはできます。児童精神科医の渡辺久子氏は幼少期の経験が原因となって子どもをかわいがれない親へのアドバイスとして、自分がここまで生きてきたことをねぎらうことをあげています。
何かにつけて厳しく叱られるために親の目をうかがって我慢ばかりしてきたことなど、ここまで生き延びてきたことをいとおしんでほしいと述べています。ねぎらうということは、過去の自分をかわいそうとなぐさめたり、自分を受け入れてくれなかった親を恨むことではないでしょう。
しんどかった幼少期をくぐり抜けてきた自分のこれからを励ます前向きな行為です。そうやって自分をいとおしむことができると、叱られたのは自分がいけなかったのではないと思うことができます。
ではなぜ親は自分にきつくあたったのかと当時の親の思いを想像することにもつながります。過去の自分をとらえ直したときに、自分を肯定することができます。自分を大切にする気持ちがあってはじめて子どものことも大事にできるのです。
今、甘えられる人はいますか
現在を支えるためには、困ったことを相談できる、つらいことを話せる人がいることも重要です。
パートナーとこのような話ができるのがベストです。甘えられなかった経験をもつ場合でも、今のパートナーとの間に良好な関係が築けていれば「赤ちゃん部屋のお化け」に襲われることはあまりないかもしれないですし、襲われたとしてもその不安を共有してくれる人がいれば、安心できるでしょう。
ただパートナーは仕事で毎晩帰宅が遅くて話を聞いてもらう時間なんてないという場合もあるかもしれません。そのような場合には、不安を話せるパートナー以外の家族や友だちがいるといいですね。
話を聞いてもらうだけでホッとするものです。問題によっては、専門家の助けが必要なケースもあるかもしれません。親が安心して甘えられる環境があってはじめて子どもの甘えを受け入れられるのです。
【著者紹介】
菅野幸恵(すがの・ゆきえ)
青山学院大学コミュニティ人間科学部教授。東京都立大学大学院在籍時から乳幼児期の親子関係に注目して研究を続けてきた。最近は子どもと親の育ちの場としての自主保育に関心をもちフィールドワークをしている。著書に『エピソードで学ぶ乳幼児の発達心理学』『あたりまえの親子関係に気づくエピソード65』(いずれも新曜社)などがある。
甘えれば甘えるほど「ひとりでできる子」に育つ(PHP研究所)
甘えは自尊感情や、思いやる気持ち、やる気を育てるために欠かせません。本書では、なぜ甘えが必要なのか、甘える子どもへの対応、甘やかす周囲への対応などを紹介します。