実は解明されていない謎「なぜシマウマはしましま模様なの?」

冨島佑允

しましまができる仕組み

このような縞模様には、実は細胞レベルの精緻な仕組みが隠されています。その秘密を実験室で確認するためによく使われるのが、縞模様を持つ小さな魚であるゼブラフィッシュです。ゼブラフィッシュは、若い頃はハッキリとした模様を持っていませんが、成長するにつれてストライプ柄か水玉柄になっていきます。

例えば、黄色と黒のストライプを持つ種類を買ってきて、その成長過程の皮膚を顕微鏡で見ると、若い個体は黄色い色素細胞と黒い色素細胞が混ざり合っています。それが成長するにつれて、黄色ばかりの領域と黒ばかりの領域に分かれていきます。よく見ると、黄色い細胞の中にぽつんと黒い細胞があるような場合、しばらくすると黒い細胞は消えてしまいます。これは、黒い細胞が死んでしまったことを意味します。つまり、黄色い細胞の集団に黒い細胞が紛れ込んだ場合、黒い細胞は黄色い細胞に殺されてしまうのです。

では黒い細胞にとって、黄色い細胞はいないほうがよいのでしょうか?そういうわけではありません。黄色い細胞をレーザーで全て殺してしまった場合、残った黒い細胞は無制限に増えるかと思いきや、逆に3割ほどが死んでしまうのです。このことから、黄色い細胞には、黒い細胞の生存を助ける作用もあることが見て取れます。

黄色い細胞は近くにいる黒い細胞を殺してしまう一方で、離れた場所にいる黒い細胞の生存を助ける作用ももっているのです。これは、実家の両親と一人暮らしの息子をイメージする分かりやすいかもしれません、遠くにいるうちは仕送りなどで支援してくれるけれども、一緒に住むのはイヤ。実際の両親は、都会から出戻ってきた息子を抹殺したりしないとので、あまり良いたとえではないかもしれませんが……。

結局、このような相互作用がある場合、黒い細胞と黄色い細胞はどういう配置に落ち着くでしょうか?皮膚の表面において、ある場所で黄色が多めだったとすると、その周辺において黒い細胞は殺されてしまう反面、少し離れたところにいる黒い細胞は生存を助けられて増えていきます。その結果、黄色が優勢な部分はますます黄色1色になる一方で、その周辺に黒が優勢な部分ができて、縞模様になっていくのです。

近寄れば殺すけど、離れれば助ける?

黄色の細胞は、二つの作用を持っているということです。近くの黒い細胞を殺してしまうことを「近接作用」、遠くの黒い細胞の生存を助けることを「遠隔作用」と呼ぶことにしましょう。縞模様の間隔は、近接作用に比べて遠隔作用がどれくらい遠くまで届くかによって決まります。近接作用に比べて遠隔作用が遠くまで届くのであればあるほど、より遠くにおいて黒い細胞の集団が成長するので、縞の間隔が広くなります。ちなみに、この比率が1の場合は、近接作用と遠隔作用の勢力圏が重なって打ち消し合うため、しましまは作られなくなります。

シマウマの場合、この比率は10倍です。シマウマと馬を掛け合わせるとしましまの間隔が狭くなるのは、この比率がほぼ1(縞が無い)である馬との掛け合わせによって、比率が大きく低下するからです。

このようなしましま発生の仕組みを世界で最初に提案したのは、イギリスの天才数学者として知られるアラン・チューリングです。彼は、2種類の細胞が近接作用と遠隔作用で影響を及ぼし合うとき、その効果が波のように拡散していき、縞模様や水玉模様を生み出すことを数学的に示しました。チューリングは、この作用のことを「反応拡散原理」と名付けています。

反応拡散原理は、シマウマやゼブラフィッシュだけでなく、さまざまな動物の模様において働いていると考えられています。巻貝の殻の模様や、熱帯地域に住むカラフルな魚の模様など。いろいろな生き物の模様が同じ仕組みで作られるなんて、不思議な感じがしますね。


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