「1+1=2」とは限らないと答える小学1年生の苦しみと、その子が変えた未来

講談社編集部
2023.03.31 20:59 2023.03.30 17:26

どうして、みんな同じことをするのか…

4歳になったオードリーは、幼稚園に通うようになりました。ところが、そこでオードリーは、激しいとまどいをおぼえました。

「どうして、みんなと同じことをしなければならないんだろ……」

幼稚園では、おやつの前に、みんなで歌を歌います。トイレに行くときは、みんな1列にならんで電車になります。お昼ご飯を食べるのも、お昼寝をするのも、みんないっしょ。1人だけちがうことをするのは許されません。

しかし、オードリーは心臓病のこともあって、なにかと動きがおそく、また外で走りまわって遊ぶことも苦手でした。教室に残って、本を読むほうが楽しいのですが、その本もまた、ほかの生徒が喜ぶようなものではなく、むずかしい字が並ぶものです。

また、オードリーは幼稚園の先生に対しても、ほかの園児とはちがっていました。いわれたことを、決してうのみにせず、どうしてそうしなければいけないのか、疑問を投げかけるのです。(中略)

「宗漢は変わってる」

オードリーはほかの園児から、だんだん仲間はずれにされていきました。

ある朝のことです。母は、幼稚園に出かけようとするオードリーを見て、ぎょっとしました。なんと、小刀を持っていこうとしていたのです。

「そんなあぶないもの、どうして持っていくの?」

すると、オードリーは必死な目で、こういいました。

「自分を守るためだよ。いじめてくる子がいるんだ。トイレでたたいてくるんだ」

李は、オードリーが幼稚園で完全に浮いた存在になっていることを知りました。けれども、それで幼稚園へは行かなくてもいいとはいいませんでした。

これも社会生活に慣れるための教育だ、そう考えていたからです。

「みんなとなかよくしなさい。ほかの子のいいところを見て、ほめてあげるようにするのですよ」

結局、オードリーは、2回転校して3つの幼稚園を渡り歩くことになりましたが、どこへ行っても、状況はあまり変わりませんでした。

では、小学校へ入ると、状況は変わったのでしょうか。変わりました。ただし、もっと悪い方向に。

 

「1+1=2」とはかぎらない

最初は順調でした。オードリーが入学したのは大学付属の小学校で、先生も優秀な人ばかりだし、図書室の内容も充実していました。

クラス編成のための知能検査の結果、オードリーは出席番号1番になり、学校中の先生方から、注目される存在になりました。

けれども、まもなく、生徒のあいだでは、変わった子として見られるようになりました。全校朝礼の場で話をする機会を与えられたとき、オードリーは自分の好きな歴史的な事件について、十数分間も夢中でしゃべり続けたかと思うと、授業がはじまると、すぐに退屈そうな態度をとったりするからです。

授業が退屈なのは、学校で教えられる内容はとっくにわかっていたことだからです。

たとえば算数では、小学1年生はまず数を、それから、たし算、引き算を習っていきます。ところが、オードリーはすでに家で方程式を、それも、xとyを使う連立方程式までを学んでいました。

これには先生も驚きましたが、オードリーも驚きました。

「先生は自分の知らないことを教えてくれると思っていたのに、どうして知っていることばっかり教えるんだろう」と。

その当時のオードリーのようすを物語る、こんなエピソードがあります。

先生が黒板に「1+1=2」と書いたときのことです。オードリーは手をあげてこういいました。

「1+1=2とはかぎりません。それは10進法の場合で、2進法なら答は変わります」

たしかにオードリーのいうとおりです。0と1しか使わない2進法では、2は位が上がって10と表します。つまり、2進法では「1+1=10」が正解です。

しかし、小学1年生で10進法と2進法のちがいなど習うわけがありません。授業中にこんなことをいわれては、先生もほかの生徒もとまどうばかりです。

ほかにもオードリーは、0、1、2……と、正の整数しかあつかわない小1の算数で、−1、−2などの負の数を持ち出したりしたので、李のもとへ、先生から「こういうことをされては困る」と苦情が届いたりもしました。

こんなことが毎日のように続いた、ある日のことです。

「先生……」

オードリーが手をあげて質問をしようとすると、先生はさえぎるようにいいました。

「宗漢、悪いが教室のゴミを捨てに行ってきてくれないか?」

またあるときはこうもいわれました。

「宗漢、算数の授業のあいだは、図書室で本を読んでいていいよ」

図書館は大好きだし、1人で好きな本を読めるのですから、ほんとうならうれしいはずです。でも、なんだかすっきりしませんでした。

「ぼくって、クラスのやっかい者なのかな……」

オードリーは、1人で図書館にむかいながら、考えました。

「どうして、質問に答えてもらえないのだろう」

「どうして、自分だけ、いつも取り残されたままなんだろう」

「どうして、みんなといっしょに教室にいちゃいけないのだろう」

そして、幼稚園のときの疑問が、ふたたびよみがえってきました。

「どうして教室では、みんなが同じことを学ばなくちゃいけないんだろう」(後略)