「1+1=2」とは限らないと答える小学1年生の苦しみと、その子が変えた未来

講談社編集部

「台湾の教育システムを変える」小学生で抱いた夢

優等生を対象とした知能検査でも、最高レベルを記録したオードリーは、ギフテッドクラスのある学校を奨められて転校する。「ここなら楽しい学校生活が送れるかもしれない」。しかし、そんな期待は、無残に裏切られることになる。

ギフテッドクラスの子どもたちは、才能にあふれています。そんな子どもを持つ保護者たちは、よその子どもと比較したがりました。

「おまえは絵の才能は抜群なのに、国語と算数はどうしてそんなにできないの!」

そういって子どもを責める親もいれば、保護者会で、わが子のしつけのためにもっと体罰を与えてくれるよう教師にたのむ親もいました。

親がこうだと、子どもたちもおたがいを比べ、自分たちよりもすぐれた点を持つ子どもに強い嫉妬心をもつようになります。当然、成績のいいオードリーは、生徒たちにとって、かっこうのうらみの的になりました。

あるとき、ひとりの生徒が、オードリーにむかって、吐きすてるようにいいました。

「おまえなんか死ねばいいのに! そしたら、ぼくが1番になれるんだから!」

実は、その子は父親から、「おまえはなぜ1番になれないのか」と家でなぐられていたのです。

「死ねばいい!」————その言葉は小2のオードリーの心に深く突き刺さりました。幼稚園に入る前から、心臓に負担をかけないように、死に至るようなことがないように、慎重に生きてきたオードリーにとって、死ねといわれたことは大変なショックでした。(後略)

こうしたギフテッドクラスの生徒たちとのあつれき、当時、教育の一環として行われていた体罰から、オードリーはどんどん精神的に不安定になっていく。

家族みんなが反対する中、母のくだした「もう学校に通わなくて良い」という決断によって、オードリーは救われることになる。

8歳のオードリーが感じた、「学校はみんなが同じことを学ばないといけない場所なのか」、「学校は先生の命令にしたがい、順位を争うために勉強する場所なのか」という疑問は、ずっと心に残り続ける。

この後、台湾での2つ小学校、ドイツの小学校生活を経て、オードリーは、自分の体験したいじめや体罰は、台湾の教育システムがもたらしたものだと確信し、「台湾の教育を変えたい」と強く願っていくことになる。

2015年にオードリーが関わった、台湾の学習指導要領の大改訂。「素養教育」と呼ばれるその改革では、ひとりひとりの「自分はこれがしたい」という気持ちが出発点となり、テストの成績で順位をつける「個人の競争力」は問題にされていない。


「オードリー・タン」の誕生 だれも取り残さない台湾の天才IT相
8歳で学校に絶望し、不登校。死も考えたギフテッドは、どうして希望を取り戻せたのか? なぜ「だれも取り残さない社会」を目指すのか? ITの天才にして、世界が注目する<新しい民主主義>の旗手、「オードリー・タン」が生まれるまでの伝記物語。