なぜ日本の親は「子育てが楽しくない」と感じるのか? 心理学の第一人者が考えたその理由
調査開始以来の過去最小を記録し続ける出生数。世界でも突出して日本の少子化は加速しています。政府も様々な対策を打ち出していますが、子どもの急減には歯止めがかかりません。その要因として、子育てがつらい、楽しくないなどネガティブなイメージが広がっていることを指摘する声もあります。
臨床心理学の第一人者だった河合隼雄さんも、日本の子育てと親の抱える息苦しさに注目していた一人でした。本記事では『河合隼雄の幸福論』にて、子育てについて触れた一節を紹介する。
※本稿は『河合隼雄の幸福論』(河合隼雄著、PHP文庫)より一部抜粋・編集したものです
河合隼雄(かわい・はやお)
1928年−2007年。臨床心理学者。京都大学名誉教授。京都大学教育学博士。2002年1月から2007年1月まで文化庁長官。国際箱庭療法学会や日本臨床心理士会の設立等、国内外におけるユング分析心理学の理解と実践に貢献。1995年紫綬褒章受章、1996年日本放送協会放送文化賞、1998年朝日賞を受賞。2000年文化功労者顕彰。
不登校の悩みが解消しても、また生まれる次の悩み
子どもの問題でいろいろな方が相談に来られる。たとえば、学校に行かない子どもをもった親だと、どうして自分の子どもはこんなになったのかと嘆かれる。
そんな話をゆっくりとお聴きしていると、ともかくあの子が登校してくれるだけでいい、これまでは成績がどうのこうのと言っていたけれど、それほど頑張らなくていいから、学校へ行ってくれるだけでありがたいと思う、と言われる。
このようなことを言われる方は多いが、なかなか腹の底からの言葉として出ているのではなく、学校へ行き出すとすぐに「成績は」ということになるのが予感されるときがある。
それも考えてみると親心というもので、むしろ当然と言えるかもしれない。したがって「学校に行ってさえくれたら満足」というのも額面どおり受けとっていいかわからない。
しかし、言葉の上だけではなく、実際に親が子どもに押しつけや非現実的な期待をもつのをやめ、子どもの「姿が見えてきた」と感じられるときがある。子どもがその子なりに生きてゆく姿を、そのまま受けとめてゆこうとする気持ちに親がなったとき、子どもたちは登校をはじめることがある。
このように相談に来られる人はともかくとして、子どもがそれほど取りたてて「問題」を起こさずに生きている家では、親たちは「子育て」にそれほど苦労せず、あるいは、それを楽しんでいるか、というとそうでもなさそうである。
子どもの姿をよく見てみると、子育ては楽しくなる
「子育て」を楽しいと感じるかという質問をすると、楽しいと感じる親の数が欧米に比して、日本は相当に少ない、という統計がある。これは女性が働くようになったからだ、と単純に考える人があろうが、欧米でも働く女性は多いし、別に働いているから子育てをつらく思う女性が多い、というのでもない。
日本の特別な事情として考えられることは「上手な子育てによって、子どもを幸福にしたい」という気持ちが強すぎることではないだろうか。
子どもにあれもしなくては、これもしなくてはと思う。あるいは、いろいろなことをしてやりたいと思う。しかし、なかなか思いどおりにゆかぬので、どうしても親は罪悪感を感じてしまう。
その上、「子どもを幸福に」というときに、子どもがその子の本来の道を歩むことを考えるのではなく、よい成績とか、よい大学とか世間一般の評価にそのまま頼ってしまう。親は、ほんとうに子どもの幸福のためにか、自分自身の幸福のためにか、どちらのために子育てをしているのか、わからなくなってくる。
日本人はタテマエとホンネを上手に使いわけるのがうまい、と言われる。「子育て」のタテマエは、「どんな子でも、上手に育てると、偉くなる」ということらしい。それでは、ホンネの方はどうなのだろう。
日本で「タテマエ」が強力に作用しているときに、うっかり「ホンネ」を言うと袋だたきになるので、別に大きい声でホンネを言う必要もないが、子育てについてのホンネとタテマエのバランスは、自分の家ではどうなっているのだろう、と考えるだけの心の余裕は失いたくないものである。さもなければ、親として「子育て」が重荷になりすぎて、だんだん楽しくなくなってくるだろう。
子育てのホンネが弱くなってきた理由としては、大家族が少なくなったので、子育てのホンネを祖父母から聞くことが少ないということもあるだろう。若い両親は自分の育児法について、いつもタテマエと照らし合わせて考えては、心配したり悩んだりすることが多くなる。
ホンネをきくと、なんだそんなものかと思えることが、そうはいかないのである。その上、経済的に豊かになったので、タテマエどおりにしようとすれば、それが相当に可能になったということもある。金と時間がなかったら、子どもにそれほどかまっていることがなく、すべてが自然にはたらいてうまくいったかもしれない。
と言っても、昔にかえることはできないし、昔は昔でつらいことも多かったのだから、現代に生きるわれわれとしては、タテマエにとらわれずに、子どもの姿をよく見ることが大切であろう。
子どもは一人ひとりそれぞれにふさわしい生き方をしようとしている。それが見えてくると、子育ての楽しさがもっと大きくなるのではなかろうか。
河合隼雄の幸福論 (PHP文庫)
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