カニはなぜ踊る? 海へ遊びに行く前に知っておきたい「カニダンス」の雑学

川嶋一成

磯遊びは、海の生き物たちと触れ合える貴重な体験。事前に生き物のおもしろい生態を知っておけば、親子でより楽しめること間違いなしです! 子どもにぜひ教えてあげたい、謎多き「カニのダンス」の雑学を紹介します。

※本稿は、川嶋一成著『海辺の生きもの大探検!』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

川嶋一成(写真家)
1941年、東京都に生まれる。仕事のかたわら東京綜合写真専門学校で写真を学び、「海の自然」をテーマに写真を撮りつづけ、図鑑や科学雑誌などに発表してきた。神奈川県三浦半島にくらし、毎年夏、地元で身近な海の生き物を紹介した写真展を開催している。現在、日本自然科学写真協会に所属

巣穴をほる干潟のカニ

磯には、岩のすき間や石の下、水中など、カニが身をかくす場所がたくさんあります。しかし、砂浜や干潟では身をかくす場所にめぐまれません。そこで、砂浜や干潟のカニは巣穴をほって身をまもりながらくらしています。しかし、どこにでも巣穴をほっているわけではありません。干潟にくらすカニは、砂泥の“つぶ”の大きさや“ しめり” ぐあいが適した土地を選んですみ分けています。潮が引いた干潟をおとずれて確かめてみましょう。

コメツキガニのダンス

河口近くの砂っぽい場所に巣穴をほってくらすのはコメツキガニです。コメツキガニははさみで砂泥をつまんで口に運び、えさをとったあと砂団子にして地面に転がします。周りが砂団子だらけになると食事はおしまい。こんどは両方のはさみを同時に上下させ、ダンスをします。 なんのためのダンスでしょうか。

砂団子を巣のまわりに転がすコメツキガニ。北海道南部から九州に分布。甲幅1㎝。はさみは全体がへこんだ形で、砂泥をすくうのに適している。口の中でたくみに砂と有機物(ケイソウ類など)をより分けている。

コメツキガニのダンス。ときどきのびをするように、両方のはさみをふり上げる。このしぐさが精米のときのウスで米をつくしぐさに似るところからこの名がある。

チゴガニのダンス

河口近くの淡水の影響をうける、しめっぽい場所に巣穴をほってくらすのはチゴガニです。チゴガニも砂泥をはさみでつまみ上げ、口に運んだあと砂団子をつくります。コメツキガニより体がひとまわり小さい分、団子も小さ目です。チゴガニも食事が終わるとダンスをはじめます。チゴガニの場合、ほぼいっせいにダンスをします。広い範囲でたくさんのチゴガニがダンスをすると、少しずつはさみの上げ下ろしがずれて、まるでサッカー競技場で応援団がつくるウエーブのようです。

これらのダンスは、なんのためにするのでしょう。なわばり宣言とも、オスとメスの間の求愛のためともいわれています。しかし、チゴガニの場合、繁殖期以外にもダンスをおこなうので、その意味はまだよくわかっていません。

チゴガニのダンス。はさみを上下に「いちにー、いちにー!」。東京湾から九州まで分布 。甲幅1㎝。周辺半径30㎝くらいの広さを縄張りにして、ほかのカニを入ってこさせない。


チゴガニのいっせいダンス。となりのダンスがウエーブのように伝わっていく。

ヤマトオサガニのダンス

干潟の潮だまりのやわらかい泥地に巣穴があるのはヤマトオサガニです。ヤマトオサガニはとても用心深いカニです。穴からでるときは、体を水中にしずめたまま、長い柄の先についた眼を潜望鏡のように水上にだして付近のようすをうかがい、安全を確かめてからでてきます。

ヤマトオサガニもはさみで泥をつまんで口に運んでえさをとりますが、砂団子はつくりません。食事が終わるとはさみをふり上げてダンスのようなしぐさをします。はさみをふるのはオスだけなので、メスに対する求愛ダンスだと考えられています。

潜望鏡のような目を水中からのぞかせて、あたりをうかがうヤマトオサガニ。目の柄はたおすことができる。青森県から九州に分布 。甲幅5㎝。

えさを食たべるヤマトオサガニ。コメツキガニやチゴガニのように、口で砂泥とえさをより分けるのは上手でない。砂泥もいっしょに食べている。

大きなはさみをふりかざしてメスに求愛するヤマトオサガニ。はさみをふり上げる行動はほかのオスに対しての「なわばり宣言」であり、メスには求愛のポーズ。大きなはさみはオスのシンボル。まわりの小さなはさみのカニはメス。

オスのさそいに引かれてやってきたメス。

恋が成立してメスはオスの巣穴に導かれる

ハクセンシオマネキの手旗信号

大きなはさみをもつオスのカニがおこなうダンスは、メスへの求愛ダンスだと考えられています。その代表がハクセンシオマネキです。このカニは、はさみの左右どちらかが大きくなっています。大きなはさみでメスへ求愛しているしぐさは、ダンスというよりも手旗信号で合図を送っているようです。

ところで、ハクセンシオマネキの仲間は、もともと西日本以南に分布し、関東地方では見られなかったカニです。しかし、21世紀になって神奈川県の三浦半島でも発見されるようになりました。これも地球温暖化のせいかもしれません。

大きなはさみをふって求愛するハクセンシオマネキのオス。伊勢湾から九州の潮間帯の砂泥地にくらす。甲幅2㎝。はさみをふる姿が潮を招いているように見えるところからこの名がある。

関連書籍


『海辺の生きもの大探検!』(PHP研究所)
海で誕生した生命が陸に広がる足がかりにした海辺には、今でも多様な生きものがくらしています。しかし一方で、砂浜や干潟の消滅、打ち寄せられたごみなどによる汚染が進んでいます。海辺の生きものの多様性をさぐるとともに、海の環境の大切さを考えます。