日本人の英語力の低下を招いた「大学入試をゴールにした教育」の問題点

加藤紀子

海外の大学に進学する人たちといえば、帰国子女やインターナショナルスクール出身者を思い浮かべるかもしれません。けれども最近は、高校まで日本の学校に行き、そこから海外の大学に進学する人たちが増えています。

彼らは、子どものころに特別な環境に置かれていたわけでも、裕福な家庭で育ったわけでもありません。では彼らは、日本の教育の枠組みのなかで、どう英語力をつけていったのでしょうか。

また機械翻訳が進化したら、英語を学ぶ必要はなくなるのでしょうか。いまの時代に英語を学ぶ意義とはなんなのでしょうか。

教育ライターの加藤紀子さんの著書『海外の大学に進学した人たちはどう英語を学んだのか』(ポプラ新書)では、専門家の方たちにも話を聞き、いま英語を学ぶ意義についても伺いました。

※本稿は加藤紀子著『海外の大学に進学した人たちはどう英語を学んだのか』(ポプラ新書)から一部抜粋・編集したものです。

加藤紀子(教育ライター/教育情報サイト「リセマム」編集長)
1973年京都市生まれ。96年東京大学経済学部卒業。教育分野を中心に「プレジデントFamily」「ReseMom」「NewsPicks」「『未来の教室』通信」(経済産業省)などさまざまなメディアで取材、執筆を続けている。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)はAmazon総合1位、17万部のベストセラーに。ほか著書に『ちょっと気になる子育ての困りごと解決ブック!』(大和書房)がある。

英語は「旅行先での日常会話」が目的の時代は終わった

国際語学教育機関「EFエデュケーション・ファースト」(本部・スイス)の2022年調査によると、英語を母語としない112カ国・地域のうち、日本人の英語力は前年の78位からさらに順位を落とし、80位。これは5段階中4番目となる「低い能力レベル」(61〜87位)に分類されます。

また、日本でTOEICを実施・運営する国際ビジネスコミュニケーション協会の調査によると、中学高校、さらには大学でも英語を勉強したのに、「英語が苦手」と自覚している日本のビジネスパーソンは約7割にのぼります。

かつてはバブル期の日本企業がニューヨークの摩天楼を相次いで買収したこともありましたが、今では「買われる」側です。円安が進めば、日本はさらに「お買い得」になります。

確かに英語は単なる道具に過ぎません。けれどその道具すらまともに使えないままだと、「お買い得」な日本でひと稼ぎしようとやって来る人たちと交渉をすることさえままなりません。

会社が買われたり合弁で事業をしたりする状況になった時、上司や同僚が日本語を話せないとか、日本語が通じないお客さんを相手に商売をするといったことが、もっと当たり前の世の中に変わっていくかもしれないのです。

海外旅行でちょっとした日常会話ができる。大半の日本人が英語を学ぶことのメリットや目標はその程度だったかもしれませんが、果たして今後もそのままでよいのでしょうか。

機械翻訳が進化したら英語を学ぶ必要はなくなるのか

近年は機械翻訳の精度が大きく向上しています。海外旅行などでのちょっとした日常会話にはポケトークのようなAI通訳アプリを、さらに仕事や勉強ではグーグル翻訳やDeepL(ディープエル)といったツールを使っている人は今や非常に多いのではないでしょうか。

フェイスブックの親会社であるメタの人工知能(AI)研究部門は、口頭での会話をほぼリアルタイムで翻訳できる音声翻訳システムを開発し、その技術をオープンソースで公開しています。

お互いに違う言語を話していても、このようなシステムによって意思疎通ができるという時代はかなり近いところまで来ているようです。

そうなると、これからの未来を生きる子どもたちにとって、英語はもはや苦労して身につける必要もなくなっていくのでしょうか。

第二言語習得の専門家である早稲田大学教育学部英語英文学科の原田哲男教授は、言語にはいくつか機能があるが、そのうち大切なものが2つあると言います。

ひとつは「情報の伝達」。もうひとつは「人と人をつなぐため、感情のやりとりを通じて社会生活を円滑にしていく機能」です。

「事実を正確に、時には詳しく伝えるという前者の機能は、機械翻訳に軍配が上がることもあります。しかし、相手の感情をその社会的な背景まで考慮して理解し、それに対して自分の感情をいかに伝えるかまでは、機械翻訳だとまず難しいのではないでしょうか。

言語の感情面や社会面、さらには抽象的な思考力まで機械翻訳に頼るのは到底不可能であり、英語を学び、自ら考えるコミュニケーション力はまだまだ必要です。むしろそこが機械翻訳で置き換えられるようになったら、文化は滅んでしまうと言っても過言ではないはずです」


大学院からアメリカに渡り、気鋭の経済学者として活躍するイェール大学の成田悠輔(ゆうすけ)助教授も、こうした時代に英語を学ぶことの意義について、「NewsPicks」のインタビューで次のように語っています。

「自動翻訳の性能がちょっとやそっと向上しても、英語の言い回しや声色から滲み出る相手の感情を読み取るとか、リアルタイムの言葉の往復で心と心を糊でがっちりくっつけるみたいな部分はその言語を体に染み込ませた人にしか難しいでしょう。どんなに凄腕の同時通訳者を雇ったとしても通訳を介している時点で失われるものがあるのと同じだと思います」

また、英語を習得する過程で得るものがあるとも指摘しています。

「ノンネイティブが英語を学ぶ過程で、自分の英語がどこまで行っても下手だし、伝わらないし、呆れられるし、聞き取りもできないという現実にぶつかります。ネイティブの中にいると、自分が明らかにコミュニケーション弱者だと痛感させられます。自分を弱い立場に置いて、弱者としての自分に出会う経験って、すごく貴重だと思うんです。

こうした経験をすると、『弱い立場に置かれた時の自分』を強く認識しますし、自分をマイノリティの立場に置いて相手の文化や価値観に触れることになります。お互いの文化や価値観の違いを認識する技能として、英語の役割はまだまだ残り続けるのではないでしょうか」

このように、むしろ今、そしてこれからこそ、英語を学ぶことの意義が高まっているのではないだろうか。

日本の英語教育は依然として「ゴール=入試」

一方で日本の英語教育の現場では、以前から日本人の英語力の低下に対して懸念を共有しており、2020年からは小学校で英語が正式な教科になりました。大学入試においても4技能すべてを使える英語を目指し、改革の舵が切られようとしたのですが、結局外部試験の導入は見送られました。

センター試験に替わって始まった大学入学共通テストではリーディングとリスニングの配点比率が1:1とされたものの、実際にはリスニングの比率を大幅に下げている大学も多く、東大では7:3、京大では3:1と依然「読む」技能に偏っています。

大学の入試問題に詳しい東進ハイスクール講師の安河内(やすこうち)哲也氏によると、問題の約8割が読解・文法・語彙に関するもので、残りの2割ほどが英作文、リスニングは2パーセント、スピーキングは0パーセント。

「本当は学生たちもしゃべれるようになりたいし、先生も4技能のすべてを使える英語を教えたい。文科省の学習指導要領もそれを求めている。妨げているのが、現在の大学入試の在り方だ」と警鐘を鳴らしています。

このように、入試をゴールとした減点方式の英語を強いられることで英語嫌いになったり、苦手意識を植え付けられたりしてしまっているのはとても残念な現状です。

日本人の英語力はもっと伸ばせる

モチベーションには「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」の2種類があると言われています。試験の点数や順位などの「結果」で褒めるのは、典型的な「外発的動機づけ」です。一方で、心の内側からあふれる興味や関心から行動につなげていくのが「内発的動機づけ」です。

試験の結果が良ければ短期的にはモチベーションの向上につながるかもしれませんが、外発的動機づけだけでは長期的な学習のモチベーションの維持はできません。日本ではどうしても入試のような外発的動機づけが強く働くので、試験が終わった途端にやる気がなくなってしまう人が多いのではないでしょうか。

つまり、英語学習についても、内発的動機づけ=心の内側からあふれる興味や関心をうまく組み合わせていく必要があるのです。

そこでヒントにしたいのが、日本から海外の大学に進学した人たちの英語学習法です。

もちろん、日本から英語の環境に留学する際にも、TOEFLのような4技能の英語力を測るテストを受け、求められる点数をクリアしなければならないという点では外発的動機づけが働きます。

ただ、外発的動機づけだけで、海外大学で学ぶことができるレベルの英語力を身につけるのは難しいでしょう。さらに留学はそこからがスタート。

留学先では自分がマイノリティの立場になり、英語「を」学ぶのではなく、英語「で」学ぶ環境に飛び込んでいくわけですから、外発的動機づけだけでは長続きしないでしょう。

今回紹介するのは、日本で生まれ育ち、高校まではインターナショナルスクールではない日本の学校で教育を受け、そこで身につけた英語力で海外の大学に進学した人たちの英語学習法です。

短期の留学ではなく学位の取得を目的とした進学というと、高い学費が支払える裕福な家庭をイメージされるかもしれませんが、今回登場する方たちのほとんどは奨学金を得るなどさまざまな形で、日本の大学に通うのと同等以下、中には負担ゼロで留学を実現している人が何人もいます。

彼らは小さな頃から特別にお金のかかる環境に置かれてきたわけではありません。果たして帰国子女ではない彼らがどうやって日本の教育制度の下、海外大学で学べる高いレベルの英語力を身につけ、そしてその英語力は留学先でどのように磨かれていったのか。本記事ではその学習法をひも解いていきたいと思います。

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海外の大学に進学した人たちはどう英語を学んだのか(ポプラ新書)
「英語は楽しい」という経験、自分に合った方法で単語力を爆上げ、ネイティブと同じ土俵に立たない――日本の高校からハーバードやUCバークレーなど海外の大学に進学した10名に取材し、「世界で使える英語」を身につける学術的に正しい12の秘訣を紹介。また英語力を飛躍させるコツを教育起業家の小林亮介氏と応用脳神経科学者の青砥瑞人氏に、日本人が英語を身につける利点を東京大学名誉教授の柳沢幸雄氏に聞く。