重度の自閉症の子を育てる親御さんへ伝えたいこと…きょうだい児の目線から医師が語る体験談

西村佑美
2024.10.08 12:09 2024.10.08 11:50

真剣な表情の女の子

知的障害合併の自閉症の姉とともに育った、発達専門小児科医の西村佑美先生。きょうだい児としての目線、そして医師としての目線から感じた「知的障害をともなうASD」の子どもが持つ可能性とは?

ご自身の体験談と共に「知的障害をともなうASD」のお子さんを育てる親御さんに知ってほしいことを、著書『発達特性に悩んだらはじめに読む本』よりご紹介します。

※本記事は、西村佑美著『発達特性に悩んだらはじめに読む本』(Gakken)より、一部を抜粋編集したものです。

わが子が「知的障害をともなうASD」と診断されたら…

発達相談では、「知的障害」という言葉に引っ張られて「この子は何もわかっていないのでは」と思い込み、沈んだ表情になっているママもいます。でも、「しゃべれない=わかっていない」ではありません。

お子さんの日常の様子がわかる動画を見せていただくと、会話ができなくても一生懸命にアイコンタクトやジェスチャーでママやパパの声かけに反応できていることが多いのです。「いろいろなことが理解できていますよ」とお話しすると、親だけではなく子ども本人の表情も明るくなります。

コミュニケーション手段は、会話だけではありません(P.150)。アイコンタクトの強化、ジェスチャーなど非言語コミュニケーションでの要求、NO・YESの意思表示、文字を教えて使うなど、できることはたくさん!。

子どもの視線、表情、動作…やりとりのわずかな反応のサインを見逃さないようになると、「この子はわかっているんだ!」という喜びを感じられるはずです。

幼児期に言葉の遅れがある子の発達(知能)検査の心構え

幼児期の発達(知能)検査は会話力が影響するので、ASDの特性が強く、言語発達がゆっくりな子は答えられず、知能指数(IQ)の数値が低く出ることがあります。でも、「会話ができない=わかっていない」ではありません。

検査はその子の”知能”の全てを測れるものではなく、そのときの状態を切り取ったもの。子どもは知らない人、場所では緊張して本来はできる課題に答えられないこともあります。検査の結果は「課題や支援のポイントを見つけるための参考のひとつ」と捉えてみてください。

幼児期は言語能力や社会適応の力が大きく伸び、成長とともに検査結果が変わることもある時期。先天的な疾患などが関わっていることもありますが、幼児期に「知的障害合併のASD」と断定するのは難しいと思っています。本当に知的な発達の遅れがあるのかは、就学前、学童期と定期的に検査を受け、慎重に見ていく必要があります。

知的発達症とは?

知的能力の発達が同年齢の人と比べてゆっくりで、生活に困りごとを抱えている状態のこと。個人差が大きく、知的発達症のみの場合、ASD、ADHDなどをあわせもつ場合も。各種検査の知能指数(IQ)や発達指数(DQ)、日常生活能力の評価、生育歴、行動観察などをもとに診断されます。以前はIQは70~75未満が目安でしたが厳密な境界線はなく、最重度から軽度までさまざま。検査の数値はその子の人格や能力全体を正確に評価するものではありません。

発達がゆっくりのお子さんも、個々に合わせて練習して学ぶことで成長する力をもっています!!

重度の自閉症の会話ができないお子さんを育てているママとパパへ

女の子の後ろ姿
私は、最重度の知的障害合併の自閉症(※カナー型自閉症)と診断された姉のきょうだい児として育ち、苦労する母の姿を見てきました。この本を読んでくださっている知的障害合併の自閉症の子を育てるママやパパは、お子さんとのコミュニケーションがとても難しく、毎日の子育てで大変な苦労をされていると思います。私は、そんなママやパパといっしょに解決策を考えたくて発達専門の小児科医になり、現在のママ友ドクターの活動をはじめました。

ここでお話しすることは私の個人的な経験談と考えであり、必ずしも医学的に立証されていることではありません。そのことを踏まえて、参考のひとつとして読み進めていただければうれしいです。

幼少期の私にとって姉は憧れの存在で「理解しているのにうまく話せないだけ」と感じていました。しかし、私も成長するにつれ、周囲の大人たちが言うように姉は物事の理解がほとんどできていないのだと思うようになり、そのまま医師になりました。

ところが約8年前、長男と同じ発達支援に通っていた、重い自閉症を抱えているSくん(当時6歳)と出会ったことがきっかけで、考え方が変わりました。

Sくんは、くるくる回ったり、ぴょんぴょん跳ねたりしていて、私は「小さい頃の姉にそっくりだ!」と思いました。

Sくんのお母さんは、私に東田直樹さんの著書『自閉症の僕が跳びはねる理由』(KADOKAWA)、イド・ケダーさんの『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』(飛鳥新社)をすすめてくれました。

この本を読み、さらにNHKで東田さんのドキュメンタリー番組を観てものすごい衝撃を受けました。画面越しに見える東田さんの日々の様子は、かつての姉にそっくりでした。けれど、東田さんは文字盤やタイピングを駆使して自分の意見をたくさん述べていたのです。医学の常識では説明できない自閉症の姿でした。

東田直樹さんは、著書の中で「年齢相応の態度で接して欲しいのです」と述べています。約30年前の幼少期、姉があのとき周囲にそう伝えたくても伝えられず苦しんでいたのかもしれないと思うと、私の心は張り裂けそうになりました。

Sくんは、小学生になって筆談、文字盤、タイピングを練習し、意思疎通ができるようになりました。小学校ではお母さんがスクールシャドーとしてサポートしながら特別支援学校ではなく近くの小学校の支援級で学び、小学6年生になる頃には授業中はタブレットを使ってタイピングで発言し、冗談を言ったりして先生を笑わせていたそう!

現在、Sくんは中学生で、高校進学に向け定期テストをキーボードで受けたり、どのような進路に進むべきか、障害を抱える大学生のアドバイスを受けながら考えているそうです。私は彼が学び、文章で表現を続けて東田直樹さんのように世界を変える人になってくれるのでは、と期待しています。

スマホやタブレットを1人1台持つ時代になってSNSでの発信が広がり、医学的には重度の知的障害をもち、幼児レベルの知能とされるASDの方たちが、自分の気持ちや考えをタイピング、文字盤などのツール使って表現し、コミュニケーションをとって年齢相応の学習に取り組んでいる様子の動画が公開されています。アメリカでは高等教育を受けて卒業した方も多く紹介されています。

会話がうまくできず(現状では知的障害と決めつけられてしまう)、重い自閉症を抱える子は一定数います。自分の気持ちが伝わらないことに苦しまず、家族や先生や友だちに意思表示をし、必要な知識をきちんと教えてもらえるように、非言語コミュニケーションの理解と練習を進めたり、口頭による言葉のやりとりにこだわらず、先を見据えて文字のやりとりを教えていくなど、これからできることはあります。

私の姉の幼少期と違い、今はインターネットで情報を得やすくなりました。「話す」以外にも絵カード、文字盤、タイピング、手話などさまざまな角度からそのときのお子さんに合うコミュニケーション方法を探し、書籍や講習会(オンラインで海外の講習も受けられます!)で親が自ら学んで実践できる時代です。

とはいえ、正直Sくんのように文字で自分の気持ちを表現できるようになるまでには何年もかかり、家族や支援者の根気強い工夫と苦労があるのですが…。

私は、現在の診断基準では重い知的障害をもつと診断される自閉症の子どもたちを、”Precious(貴重)な存在”だと捉え、これからの時代は彼らのもつポテンシャルと可能性をあきらめず、応援していきたいと思っています。

西村佑美

西村佑美

発達専門小児科医/一般社団法人 日本小児発達子育て支援協会 代表理事。

日本大学医学部卒。小児科専門医。子どものこころ専門医。日本大学医学部附属板橋病院小児科研究医員。三児の母。最重度自閉症のきょうだい児として育ち、障害児家族に寄り添える仕事がしたいとの想いから医師を志す。

2011年から日本大学医学部小児科医局に所属し、小児科医として大学病院に勤務。以降、のべ1万組以上の親子を診てきた。第一子出産後に発達障害についての専門性を深める中、自身の子にも発達特性があることが発覚。当事者家族として本格的な療育や知育、バイリンガル教育を行った経験を活かし、地方病院と大学病院で発達専門外来を新設する。しかし、医師という立場で育児の悩みに寄り添うことに限界を感じ、2020年「ママ友ドクターR」プロジェクトを始動。SNSでの情報発信や、主宰する「子ども発達相談アカデミーVARY」での活動等を通し、子育てに悩むママたちの支援を行ってきた。

2024年、特性に対する新たな価値観と支援の場を社会に生み出すことを目的に、一般社団法人 日本小児発達子育て支援協会を設立。

Instagram:@mamatomo_doctor

発達特性に悩んだらはじめに読む本

発達特性に悩んだらはじめに読む本』(西村佑美著/Gakken)

一般の小児科での診察や発達専門外来で、のべ1万組以上の親子を診た臨床経験、特性のある子の子育ての実体験をもとにした、医師&ママ目線でのアドバイス、指導を強みとした、西村佑美医師初の著書!