子を伸ばす親が実践する「6つのこと」 3人のハーバード大生を育てた親の流儀とは【前編】
2.子どもの安定
わが子たちは、家庭、学校、教会という環境に囲まれていた。私は子どもたちが安全な環境のなかで過ごせているかを、常に確認していた。
ヘミンの場合、アメリカに来て、会う人はもちろん、家、学校、住む街、教会まで、すべての環境が変わった。韓国人に会っても、韓国で会っていた人とは違う人だった。急変した環境のなかでもヘミンが安定して過ごせるようにするのが、私の最優先の目標だった。
幸い、ヘミンは学校にすぐ慣れた。韓国との違いは大きかったが、学生中心で楽しく授業を進めるアメリカ式カリキュラムに難なく適応できた。しかし、逆に苦労したのは韓国人が集まる韓人教会だ。
最初に通った教会は韓国人が集まる教会だったが、子ども礼拝は英語で行われ、伝道師夫婦もアメリカ人だった。さらに、礼拝に参加する子どもたちも英語だけを使っていた。そんな子どもたちは、韓国語のほうが得意なヘミンをいじめるようになった。悔しくて泣きながら帰ってきたヘミンに、夫がきっぱりと言い放った。
「ヘミンのほうが慣れないとね。泣かないで我慢するんだ。パパにはどうにもできない問題だよ」
すぐには適応できなくても、韓人教会で得られる安定感もあるため、私はヘミンがその困難と壁を乗り越えるべきだと判断した。それ以降、ヘミンは親に頼ろうとするのをやめて、子どもたちに交じって正面からぶつかり、自ら問題を克服した。時が経つと、子どもたちと自然に仲良くなり、適応した様子を見せてくれた。
こうして、心の安定を求めて毎週教会に通うのが楽しくなったようだ。それはアメリカ人だけの場では得られない所属感だった。このように、子どもが今の環境で安定を得られているのかを確かめることが必要だ。
3.子どもの目標
人生の目的がはっきりしている人の生き方は美しい。行くべき道が明確なので、人生の航海で迷わないからだ。子どもたちも目標をはっきりと決めれば、迷わずに青少年時代を有意義に過ごせる。
私がアメリカの韓国人学校でハングルや韓国文化を教えていたとき、ショックを受けたことがある。子どもたちの大半が自分には夢がない、将来何をしたらいいかわからない、と言うのだ。夢を膨らませ、夢を叶えるために全力で走るべき子どもたちがそんなことを言うとは……。残念で心が痛んだ。これをきっかけに、子どもが確かな目標を持って何にでも挑戦できるようにしてあげようと決心した。
ヘミンは中学3年生を終えた夏休み、進路に関してずいぶん悩んだ末に、国際政治学を学んで国連で働くことを目標に定めた。目標を決めるとやるべきことも明確になり、それに合わせたスケジュールや詳細な計画も自動的に決まった。学校での活動も、その目標に合わせた。ヘミンが目標と計画を立てる習慣は大学入学後も続き、大学2年生を終える頃には政治学の博士課程に進んで教授になることを目標に定めた。なかでも中国と東アジアの政治について興味を持っていた。
そうやって成長していく長女を見ながら、私は目標を決めることの重要性を実感し、下の2人にも早くに目標を決めさせようと考えた。
具体的には、小学生のうちは基本的な学習態度を身につけさせるため、学習の基礎になる真面目さを重視した。中学生のときは学習方法と時間管理を学ばせて、関心ある分野を体験できるように道を作ってあげた。高校に入ると、何を専攻したいのか考えさせた。 しかし、子どもたちにとって大学での専攻を事前に考えることは難しかったようだ。「あとでやりたいことが変わったらどうしよう?」「やはり自分には向いていないことがわかったらどうしよう?」と心配になってしまうのだ。
幸い、アメリカでは専攻を変えることは難しくなかった。ほとんどの大学では、2 年生を終えるときに専攻を最終決定することになっている。それでもわが子たちに高校のうちに専攻を決めさせたのは、どんな分野を勉強したいのか、長い学生生活で何に情熱と関心を注ぐのかを確認するためだった。
明確な目標を持って学校生活を送るのと、目標なしに学校生活を送るのには大きな差が出る。目標が決まると細部の計画が決まり、それをこなすことで達成感を覚え、自信もついてくる。勉強も誰かに言われたからではなく、自発的にやれるようになる。
次女のヘウンの場合、中学3年生のときにジャーナリズムを専攻に決め、それに合わせて計画を立てた。末っ子のヘソンは中学2年生のときにコンピューターに興味を持ち、高校2年生のときに科学と歴史を取り入れた科学歴史を専攻することを決めた。こうして子どもたちは3人とも、明確な目標を決めると、これを叶えるための下地を作っていった。
※続く3つは後編で紹介します。
『3人の娘をハーバードに合格させた 子どもが自ら学びだす育て方』(シム・ファルギョン、吉川南 [訳])
牧師の夫の留学をきっかけに、幼い長女と次女を連れて一家でアメリカに渡米。ただ、牧師の家庭で十分なお金もなく、現地の学校に通う娘たちは「アジア系のマイノリティ」。そんな環境で、塾や入試コンサルティングにも頼らず、3人の娘それぞれの才能と個性を最大限引き出し、世界トップ大学に送り出した母親の家庭教育のすべてが詰まった1冊。