ディズニーから納豆まで…渋幕が「自調自考論文」で育てたい力とは

佐藤智
2025.06.10 14:51 2025.06.19 11:50

勉強 仕事

サッカー元日本代表の田中マルクス闘莉王さん、アナウンサーの水卜麻美さん、直木賞作家の小川哲さんなど、多彩な卒業生を輩出してきた進学校、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校。
その教育の根幹にあるのが、”自ら調べ、自ら考える”と”自らを調べ、自らを考える”の2つの意味を持つ「自調自考」の理念です。

この理念をかたちにした取り組みのひとつが、「自調自考論文」。
生徒一人ひとりが、自分の「好き」や「興味」を出発点にテーマを見つけ、約1年半かけて深く掘り下げていきます。

人体に翼が生えたら飛べるか、ディズニーの思想、宇宙ロケット開発……。子どもたちの純粋な好奇心は、学びにとどまらず、将来の進路や人生そのものにつながっていきます。

教育ジャーナリスト・佐藤智さんの渋幕取材から、「自調自考」が育む力をひもときます。

※本記事は佐藤智 (著)『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)より一部抜粋、編集したものです。

「自分の好きなもの」を見つける練習になる「自調自考論文」

空を見上げる高校生

渋幕では全生徒が「自調自考論文」の執筆に臨みます。高1の最初にオリエンテーションがあり、1年半かけて取り組み、高2の夏休み明けに提出。執筆にあてるのはほとんどの生徒が高2の夏休み期間中です。

テーマごとに5人ほどのグループ分けを行い、担当の教員がついて相談に乗ったり進捗を確認したりする。また、テーマを絞り込む際には、壁打ちをし、資料のどこら当たったらよいかを一緒に考えていきます。

「教員には調べようもないくらい専門的なテーマを設定する生徒もいます。そのため、内容に関してアドバイスするのではなく、考え方のヒントを伝えたり論文の書き方をアドバイスしたりすることが多いです」と深村先生はいいます。

高校1年生の2月に話を聞いた生徒は、すでに「『未来の建築』をテーマにしたい」と決めていました。建築と環境分野に興味がある彼は、論文の方向性をこう語ってくれました。

「ローマ時代の建築など、完全な姿ではないにせよ、今もなお残り続けている建造物があります。2035年までに起こると予測されている南海トラフ地震や地球温暖化による異常気象に対応するための『SDGsな建築とは何か』を研究してみたいと考えています」

多くの学年では中間発表を学年集会で設け、その際に前学年の優秀論文者の発表を聞く時間が用意されています。先輩やクラスメイトから刺激を受けて、約一万字の論文を書きあげます。次のページに取材で集まった自調自考論文テーマのごく一部を掲載しました。バリエーションに富んでいて非常におもしろい!

【自調自考論文テーマ(一部)】
・ナチスが行った映像プロパガンダの手法について
・日本が国連で常任理事国となるべきか否か
・民族音楽
・昭和型スポーツ教育からの脱却について
・人体に翼が生えたら飛べるかどうかを計算してみる
・音楽が人に与える影響
・ ウォルト・ディズニーの人生について。数々の名作に含まれた本人の思想はどこから生まれたのか?
・嚙み合わせと心身障がいとの関連
・納豆は世界を救う!?
・米国の二大政党制の構造と系譜
・身の回りの動物が今後どのくらいで絶滅するか 

「論文」というと構えてしまうかもしれませんが、元来、子どもは誰しもが「○○博士」です。「昆虫博士」「電車博士」「アイドルの○○ちゃんの博士」などなど。

自調自考論文のテーマ一覧からわかる通り、子どもの純粋な興味関心がこの論文につながっています。だから、決して「お勉強」的な内容ばかりではないですよね。例えば「ウォルト・ディズニーの人生について」をテーマにした卒業生は、もしかしたらディズニーランドが大好きだったのかもしれません。大人にとっては一見無意味に見えるアニメやゲームなどからも、子どもは関心を耕しています。万が一、ゲームが好きすぎてゲーム依存のリスクがあるなど体調に害が出てしまう場合には、子どもと一緒に調整していく必要がありますが、まずはどんな好奇心を子どもが抱いているのか見守りましょう。

自調自考論文が職業選択につながることも

自調自考論文が、卒業後の人生につながったという卒業生も少なくありません。

「時間と空間について」をテーマにした卒業生は、「時間と空間が不思議で、相対性理論や超弦理論の本を図書館で何冊も借りて読んだのを覚えています(ほとんど理解できなくて触りだけ読むか、結局全然読まずに返却したものも……)。大学は物理学科に進んだので、進路選択に影響したと思います」と振り返ります。「日本経済を復活させるには」をテーマにした卒業生は、「貿易立国だった日本の経済復活シナリオを考えるうちに、貿易に関わる仕事に興味を持ち、海運会社で働くきっかけになったのではないかと思います」と伝えてくれました。

他にも、「入学前から宇宙への関心があり、中学1年生からペットボトルロケットの研究を始めて、2段式ロケットの開発について自調自考論文にしました。この論文が賞を取って東京大学の推薦にもつながったので、中高時代に興味関心がしっかり耕されたと感じます」といった卒業生もいました。

また、テーマのつながりだけではなく、「文献をひたすら読んで比較する力につながった」「小論文が得意になった」といった声もありました。あるいは、現在も続く趣味につながっているという卒業生もいます。

改めて、「自調自考」は、「自ら調べ、自ら考える」人間を育てていく教育目標です。そして、「自らを調べ、自らを考える」という意味も持ちます。主体性と自己認識を掛け合わせたこの建学の精神は、あらゆる生徒に浸透し、卒業後もその心にずっと宿り続けていきます。そして、「自調自考」は中高時代にとどまらず、その後の人生での探究へとつながっているのです。

佐藤智

両親ともに教員という家庭に育ち、教育の道を志す。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。中学校・高校の教員免許を取得。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて、学校情報を収集しながら教育情報誌の制作を行う。その後、独立し、ライティングや編集業務を担う株式会社レゾンクリエイト(http://raisoncreate.co.jp)を設立。全国1000人以上の教員へのヒアリング経験をもとに、現在は教育現場の情報をわかりやすく伝える教育ライターとして活動中。

渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密

佐藤智 (著)『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)

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