文系大卒でも獣医になれる? 獣医学部ってどんなところ? 院長先生に聞いた「獣医師への道のり」

吉澤恵理

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動物が大好きなお子さんや「将来は獣医さんになりたい!」と夢を描いているお子さんへ。獣医師はペットの犬や猫だけでなく、牛や馬などの大きな動物、さらには飼い主さんの気持ちまで支える、とてもやりがいのある仕事です。でも、どうすれば獣医師になれるのか?どんな勉強や経験が必要なのか?今回は、ダクタリ動物病院 代々木病院で活躍する齋藤麻実子先生に、子ども時代から大学受験、そして仕事のやりがいまでをたっぷり伺いました。(文・吉澤恵理)

動物が好きだった子ども時代。ペットは飼えなかったけれど

――そもそも獣医師を目指したきっかけは何だったんですか?

齋藤麻実子先生(以下、齋藤先生):そうですね……やっぱり小さい時から動物が好きでした。でも、父が転勤があり、引っ越しが多くて、家ではペットを飼えなかったんです。

その分、近所のおじいちゃんおばあちゃんのお家に遊びに行って、犬や猫をなでなでさせてもらったり、犬を散歩させてもらったりしました。子ども時代はずっとそんなふうに”よそのお宅のペット”と触れ合ったり、動物園もよく行きました。

――たしかに、ペットが飼えなくても動物園がありますね。

齋藤先生:はい。動物園に行くのは大好きでしたね。小学校の作文には『ゾウの飼育係になりたい』とか『動物園の園長になりたい』なんて書いた記憶があります。いつか動物に関わる仕事をしたいという思いが強かったですね。

――引越しが多かったというのは、学校も転校したのでしょうか?

齋藤先生:はい、生まれは福岡で、その後東京・埼玉・山口に引っ越しがありましたので小中学校は転校が多くて、塾も行きませんでした。

高校に進学する頃、その2年後くらいに父が東京に戻ることが決まっていたので、両親が『どうせ最終的に東京に戻るのだから、先に行っておきなさい』と言ってくれて、神奈川の高校を受験しました。

受験した時は、高校の寮に入る予定だったんですが、いっぱいで入れず、急きょ学生会館の一室に住むことになりました。1人の時間があることで、勉強に集中できました。

文系を選んだはずが、大学3年で進路変更を決意

――獣医学部というと理系が得意だったのでしょうか?

齋藤先生:高校の早い段階で理系か文系かを選ぶことになって、私は英語が得意だったので文系を選びました。そのまま文系の国立大学に進み、当初は普通に就職活動をするつもりでした。

ところが大学3年の終わり、いよいよ就活が始まる頃になって『本当に自分がやりたいことって何だろう』と考え始めたんです。そこで『私、動物が好きなんだ!』という自分の原点を思い出して、『獣医になりたい!』という気持ちが強く芽生えました。

――そこから急に進路を変更したんですか?

齋藤先生:はい。『獣医師になるにはどうすればいいんだろう』と調べ始めたら、獣医学部に行かないといけないと分かりました。そこから本気で受験を考えて、そのために動き始めました。

――ご両親は反対されませんでしたか?

齋藤先生:最初はもちろん大反対でした。親は正直ショックだったと思います。周囲の友人は商社や銀行に就職する人が多かったので、普通に就職した方がいいじゃないか、と。

でも『一度だけ挑戦させてほしい』とお願いしました。言い出したら変わらない私の性格も知っているので、最終的には理解してくれました。『一度でダメだったら就職する』と約束して、チャンスをもらいました。

大学4年生から獣医学部に挑戦。英語1科目に全集中

――1年、浪人しての再受験ですか?

齋藤先生:いえ、4年の後半で受験勉強しました。大学4年の3月に卒業して、その4月から獣医学部に入学できました。

当時の大学4年は授業がほとんどなく、卒論以外は自由に時間を使えたので。研究室の先生に『卒業論文は後で完成させるから』とお願いして、とにかく勉強漬けでした。

――予備校には通いましたか?

齋藤先生:行きませんでした。センター試験と二次試験がありましたが、私は教科を絞りました。後期試験で英語だけという大学を見つけ、そこに全力投球したんです。もともと英語は好きだったので、集中して突破することができ、東京農工大学の獣医学部に入学しました。決めたら最後まで突き進むタイプなので、もうやるしかないと一日中机に向かっていました。

――再受験は珍しかったですか?

齋藤先生:当時はまだ珍しかったですね。でも同級生の中にも、医学部を受け直した人や、他の学部を卒業してから再挑戦した人がいました。私のクラスは40人弱でしたが、そのうち3人が再受験です。先輩にも一橋大学を出て再受験した方がいて、自分だけ特別という感覚はなく、自然に馴染めました。

獣医学部は6年制。産業動物から小動物まで幅広く学ぶ

学生時代の集合写真での齋藤麻実子先生(最前列中央)

――獣医学部では、実際どんな勉強をするんでしょうか?

齋藤先生:獣医学部は6年制ですが、基礎から臨床まで幅広く学ぶのは医学部と同じです。最初の2年間は基礎科目として一般教養や基礎獣医学を学びます。

私の場合は一度文系大学を出ていたので、一部の科目は免除されて、その分、上級生の専門授業を先取りできました。

――解剖の授業もありますか?

齋藤先生:そうですね。私の時代は馬・鶏・牛・犬・猫など幅広く解剖しました。

でも最近では、動物愛護の観点からかなり縮小されていると聞きます。3Dバーチャル教材を使う大学もあり、アメリカではすでにそれで全てを学べるシステムが導入されています。日本も少しずつ進んでいるようです。

――勉強の中心はやはり犬や猫なんでしょうか?

齋藤先生:獣医師の仕事は町の動物病院だけではなく、産業動物と呼ばれる牛や豚などの畜産系動物、動物園や製薬会社、食品会社、JRAの馬、公務員、研究機関、食品会社など幅広いため、いろいろな動物の勉強をします。

私の時代は産業動物(牛・馬・豚・鶏)7割、小動物(犬・猫など)3割くらいの比重でした。獣医学はもともと家畜の健康管理から発展した学問なので、産業動物の学びが中心です。

――爬虫類や魚類も勉強しますか?

齋藤先生:魚類は養殖や水産業と関わるので学びますが、爬虫類はカリキュラムにはほとんど入っていません。爬虫類専門の獣医師は自分で独学で研究して知識を深めている方が多いですね。

最近の動物病院は専門化・細分化が進んでいます。先生によって得意分野は様々ですね。

――動物の種類や症状によって病院を選ぶことができるんですね。

齋藤先生:たとえば猫専門のキャットホスピタルや、ウサギ・フェレットなどエキゾチック動物専門、さらには眼科や皮膚科に特化した病院もあります。

一方で、町の総合動物病院では犬猫を中心に幅広く診るスタイルが主流です。珍しい動物が来ると専門書を開いたり、最新の文献を調べたりして対応し、必要に応じて専門の先生を紹介することもあります。

国家試験の合格率は?研修医制度はあるの?

――獣医師国家試験は、難関だと思いますが、合格率は?

齋藤先生:国家試験はしっかり勉強すれば基本的には受かる試験です。40人の少人数だったので、団結して勉強していました。毎年40人前後の卒業生のうち、大体合格率は9割以上でした。

私立大学だと卒業試験に合格しないと国家試験を受けられないところもありますが、国立は全員がそのまま受験できます。年によって多少の差はありますが、合格率はおおむね高いです。

――獣医師も研修医はありますか?

齋藤先生:大学病院には研修医制度があり、1〜2年間研修を受けることもできます。ただ、多くの人は卒業後すぐに動物病院に就職して、現場で実践を積むケースが一般的です。病院によって、外来を担当し始める時期や、夜間の宿直が始まるタイミングはまちまちですが、1年目から基本的な手術を任されることもありますよ。

飼い主さんと一緒に考える。後悔のない選択を

――獣医師として、心がけていることはありますか?

齋藤先生:医学的に正しいことが、必ずしも飼い主さんの望むこととは限らないんです。たとえば、集中治療室で徹底的に管理して延命する方法もあれば、家でゆっくり見守りたいという希望もあります。だからこそ、できるだけ丁寧に話をして、『どういう最後を迎えたいのか』を確認するようにしています。後悔のないように、一緒に考えることが大事なんです。

――動物の病気はどのように発見されますか?

齋藤先生:何かしら症状があって受診するケースが多いですが、最近では定期的に検診を受けるペットも増えています。若いうちは年1回、シニアになると半年に1回、さらにハイシニアになると3か月ごとの検査を勧めています。血液検査や超音波、レントゲンで病気を早期発見することが目的です。人間と同じで予防医療の意識が高まっていると感じます。

――獣医師になってよかった、と思う瞬間は?

齋藤先生:やはり病気が治って、動物が元気になり、飼い主さんが笑顔で帰っていく瞬間ですね。ありきたりかもしれませんが、毎日のやりがいです。そして、好きなことを仕事にできている幸せも実感しています。

獣医師を目指す子どもたちと保護者へ

――獣医師を目指す子供たちと保護者にメッセージをお願いします。

齋藤先生:犬や猫を診る獣医師をイメージするお子さんが多いと思いますが、獣医師にはいろんな道があるんだよ、ということを知っておいてほしいです。水族館専属の獣医さんもいますし、動物園、牧場、研究機関など、本当に幅広い分野に獣医師の仕事があります。

当院でも、中学生の職場体験などは積極的に受け入れていますし、小学生が見学に来ることもあります。興味があれば、ぜひあちこち見学に行ってみてください。

動物園なら、ただ動物を見るだけでなく、職場体験のように裏側をのぞかせてもらえる機会があれば積極的に参加してみるといいと思います。獣医師が実際に働いている現場を、いろいろな職種を通して知ることは、きっと大きな学びになると思います。