息子から「キャラ弁」「ゲームのゼリー」のリクエスト 親はどこまでこたえられる?【うちのアサトくん第8話】

黒史郎
2025.11.14 11:06 2025.11.28 20:00

ごはんを食べる男の子

ゲームなどに登場する食べ物や手の込んだキャラ弁などを「たべたい」と主張するアサトくん。その欲求はだんだんエスカレート。そして、行き着いた先には──!?

小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。

※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年1月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

彼が食べたいもの

「たべたい」

アサトが僕に携帯ゲーム機を差し出す。

画面にはかわいいタッチで描かれた、3色ゼリーの3段重ねスイーツ。添えられたホイップにはカラフルなチョコスプレーが花火のようにトッピングされている。

画面を指でトトトンとつつき、「たべたい」を繰り返す。

「残念だな。これはゲームの食べ物だよ」
「たべたいよ」画面をトトトン。
「だよな。でも、これはスーパーには売って――って、おーい」

僕にゲーム機を押しつけると走り去った。

アサトは食べ物に対して夢見がちだ。

カラフルでメルヘンチックで楽し気なものを食べたがる。

少し前まで、息子の愛読書は「お弁当レシピ」の本だった。

色鮮やかなお弁当に目移りしながら、気に入ったレシピを見つけると指でトトトンとつついて、「これを食べたいから作れ」という意思表示をしてくる。

たいてい、有名ブロガー作のキャラ弁で、もはやアート作品。素人に作れるわけがない。

図工の成績がよくなかった妻は、「無残な結果になるよ」と前向きではなかったものの、がんばってアンパンマンの顔を模したおにぎりを作ってくれた。

その挑戦には、ある想いが込められていた。

アサトはお米があまり好きではなく、いつも茶碗に半分以上残してしまう。これを機に、お米が好きになってくれたら――そんな願いを込めて作った初キャラ弁だった。

しかし、その願いもむなしく、帰宅した息子の弁当箱には、ぺしゃんこに握りつぶされたおにぎりのみが残されていた。「つぶれて力がでないよぉ」。そんな声が聞こえてきそうな哀しいアンパンマンの表情。そして、それを見つめる妻の背中もまた哀しい。

以来、「キャラ弁」のワードが出ると妻が無言&白目になるので、さすがにアサトもあきらめるかと思っていたが――。

最近では、ゲームやアニメに出てくる「現実味のない食べもの」に心惹かれだした。

だれしも子どもの頃に夢見た食べ物はあるはずだ。たとえば、漫画に出てきた「肉」。あんな肉は実際ないが、一度でいいからあれにかぶりついてみたかった。

今、アサトが欲している「ぷるぷるスライムタワー」。これは、ファンタジーRPGに登場するスライム系モンスターが落とすアイテムである。たしかに透明感もあってカラフルで、アサトが夢見るのもわかるのだが――。

「これ作れる?」

妻にゲーム機を渡すと、3秒ほど画面を見つめ、「ムリ」と返される。

「このぷるぷる感を生かしてのゼリー3段重ねはきびしいよ」
「この形を保てるゼリーなんて、そうそうないよな」

おばあちゃんちでよく見た「ミックスゼリー」くらいだ。

「それと色ね。赤と紫のゼリーはなんとかなる、けど金色のゼリーってなに?」
「金箔とか?」
「おやつに金箔が出てくる家、イヤじゃない?」

それから僕らは、この夢の食べ物をどうやって作れるかを会議した。

金色はオレンジゼリーで再現。3段重ねではなく、はなから3色が層になったゼリーを作るなどアイデアを出し合っていると、そこにアサトがやってくる。

手には僕が資料用に買った写真集。

僕らの前で本を開き、

「たべたい」

トトトン、と指でつついたものは。

北極のオーロラだった。

黒史郎

横浜市在住。重度の自閉症(A2)と診断された息子さん、奥様とともに暮らす。著書に、『幽霊詐欺師ミチヲ』(KADOKAWA)など多数。