息子から「キャラ弁」「ゲームのゼリー」のリクエスト 親はどこまでこたえられる?【うちのアサトくん第8話】

ゲームなどに登場する食べ物や手の込んだキャラ弁などを「たべたい」と主張するアサトくん。その欲求はだんだんエスカレート。そして、行き着いた先には──!?
小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年1月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。
彼が食べたいもの
「たべたい」
アサトが僕に携帯ゲーム機を差し出す。
画面にはかわいいタッチで描かれた、3色ゼリーの3段重ねスイーツ。添えられたホイップにはカラフルなチョコスプレーが花火のようにトッピングされている。
画面を指でトトトンとつつき、「たべたい」を繰り返す。
「残念だな。これはゲームの食べ物だよ」
「たべたいよ」画面をトトトン。
「だよな。でも、これはスーパーには売って――って、おーい」
僕にゲーム機を押しつけると走り去った。
アサトは食べ物に対して夢見がちだ。
カラフルでメルヘンチックで楽し気なものを食べたがる。
少し前まで、息子の愛読書は「お弁当レシピ」の本だった。
色鮮やかなお弁当に目移りしながら、気に入ったレシピを見つけると指でトトトンとつついて、「これを食べたいから作れ」という意思表示をしてくる。
たいてい、有名ブロガー作のキャラ弁で、もはやアート作品。素人に作れるわけがない。
図工の成績がよくなかった妻は、「無残な結果になるよ」と前向きではなかったものの、がんばってアンパンマンの顔を模したおにぎりを作ってくれた。
その挑戦には、ある想いが込められていた。
アサトはお米があまり好きではなく、いつも茶碗に半分以上残してしまう。これを機に、お米が好きになってくれたら――そんな願いを込めて作った初キャラ弁だった。
しかし、その願いもむなしく、帰宅した息子の弁当箱には、ぺしゃんこに握りつぶされたおにぎりのみが残されていた。「つぶれて力がでないよぉ」。そんな声が聞こえてきそうな哀しいアンパンマンの表情。そして、それを見つめる妻の背中もまた哀しい。
以来、「キャラ弁」のワードが出ると妻が無言&白目になるので、さすがにアサトもあきらめるかと思っていたが――。
最近では、ゲームやアニメに出てくる「現実味のない食べもの」に心惹かれだした。
だれしも子どもの頃に夢見た食べ物はあるはずだ。たとえば、漫画に出てきた「肉」。あんな肉は実際ないが、一度でいいからあれにかぶりついてみたかった。
今、アサトが欲している「ぷるぷるスライムタワー」。これは、ファンタジーRPGに登場するスライム系モンスターが落とすアイテムである。たしかに透明感もあってカラフルで、アサトが夢見るのもわかるのだが――。
「これ作れる?」
妻にゲーム機を渡すと、3秒ほど画面を見つめ、「ムリ」と返される。
「このぷるぷる感を生かしてのゼリー3段重ねはきびしいよ」
「この形を保てるゼリーなんて、そうそうないよな」
おばあちゃんちでよく見た「ミックスゼリー」くらいだ。
「それと色ね。赤と紫のゼリーはなんとかなる、けど金色のゼリーってなに?」
「金箔とか?」
「おやつに金箔が出てくる家、イヤじゃない?」
それから僕らは、この夢の食べ物をどうやって作れるかを会議した。
金色はオレンジゼリーで再現。3段重ねではなく、はなから3色が層になったゼリーを作るなどアイデアを出し合っていると、そこにアサトがやってくる。
手には僕が資料用に買った写真集。
僕らの前で本を開き、
「たべたい」
トトトン、と指でつついたものは。
北極のオーロラだった。





























