身長制限でNGだったスライダープール 残念がる親を横目に息子が笑顔だった理由

スライダープールの長い列に、年長だった息子さんと並んだ田中茂樹先生。しかし、列の最後で身長制限に引っかかってしまいます。「こんなに並んだのに!」と残念に思う田中先生。その一方で、息子さんの意外な反応とは?
子育ての「あるある」な瞬間から、田中先生が息子さんの「かけがえのないスライダー体験」に気づいたエピソードをご紹介します。
※本稿は田中茂樹著『子どもを見守ること』(大和書房)より一部抜粋、編集したものです。
「残念!」と思ったのは、親だけだった

息子がまだ保育園の年長さんだったころ、ある日、プールに行きました。そこには流れるプールとスライダープールがありました。彼は怖がりなので、スライダープールには近づかず、流れるプールで回っておりました。スライダープールは混んでいるようで、階段の下に長い列ができていました。あの列に並ぶのは大変だからこのまま流れていたいと私は思っていたのですが、1時間ほどして息子はスライダーのほうをチラチラ見るようになってきました。
見るとスライダープールの階段の上り口には看板があり、「身長120センチ以下の方は利用できません。身長チェックは厳密に行います」と、大きくはっきりと書いてあります。息子は118センチでした。先週、保育園で身体測定があり、手帳にその数字があったのを私は覚えていました。ついに彼が「スライダー行きたい」と言い出したので、私は「120センチないとダメって書いてあるよ。きみは先週の検査で118センチやったやろ。だからまだダメみたいよ」と言いました。しかし、「あれから背、伸びたかも知れへんやん!」と彼は言いました。
階段には順番待ちの人が結構並んでいます。あれに並んで、上まで行って、やっぱりダメって言われた場合、子どものショックは大きいだろうし、かわいそうだと思いました。「並んでもあかんかったら、つらいやん」と言ってみましたが、彼はすでにどうしても行くというモードになっていました。しょうがない、じゃあ並ぼうか、と一緒に列の後ろにつきました。
暑い中、20分ぐらい並んだでしょうか。ようやく階段を上がり始めました。段を上がるごとに、子どもの顔がだんだんとこわばっていくのが分かります。私は、身長が足りないからダメって言われるかな、そればかり気にしていたのですが、彼はそんなことは全然気にしていないことが、表情から分かりました。それよりも、彼は自分の順番が近づいてきているのが怖いのです。だんだん高いところに上がってきているし、上のほうから「はい、次の人こちらに来て! はい滑って!」などと、係の人の声が聞こえています。彼は無口で無表情になって、私の手を握っていました。

ついにいちばん上につきました。そこにはなんと、学校の保健室にある、あの立派な身長計がありました。万事休す。係員の若いお姉さんが「はい、ボク、ここに立って」と息子を呼びました。彼は無表情なロボットのように身長計に近づきました。お姉さんはガチャンと測って「あ、117センチ。ボク、残念やねぇ。また大きくなったら来てね」と笑顔で言いました。
私は「え~、こんなに並んだのに! 3センチぐらいいいやんか! 滑らせてやってよ~」と思いました。ところが子どもは、こわばっていた表情がすっかり解けて、笑顔になり、「よかった~! 伸びてなかった~」とか言いながら、さっさと階段を下りていくのです。
全然残念がっていない。まあ、私もすっかり力が抜けました。
その日、家に帰ってから、夕食のとき、彼は兄たちに自慢していました。「今日なぁ、オレなぁ、スライダープール、はじめてやったで。いや、すごかったわぁ、スライダーは」。
口調がめちゃ自慢そうです。兄たちから、「へぇ~、滑るの怖くなかった?」と聞かれると、「いや、オレは身長が120センチなかったから、滑るのはあかんかってん」と、そこも実に自慢そうでした。私はその彼の話す様子を見ながら、彼がいかにスライダープールを満喫したのかをあらためて思い知りました。
大人からすると、せっかく暑い中、長い時間並んだのだから、滑らせてやりたい、と思いますよね。滑らなかったら、並んだ苦労は無駄になってしまう。でも子どもにしてみたら、並ぼうと決意したこと、実際に並んだこと、だんだんと階段を上っていったこと。それらはみなスリル満点の体験です。身長測定の場面はクライマックスで、身長不足で滑らせてもらえなかったことは、彼にとってはハッピーエンドだった。もう十分に満喫した。
親は結果(スライダーを滑るかどうか)に気持ちが集中してしまうけれど、子どもにとっての体験とは、もっと広がりのあるものなのだとあらためて感じた出来事でした。彼らが体験していること、彼らから見えている世界はどんなものか、そこに目を向けることで、大人には残念な出来事も、実は子どもにはそうではない(その逆もある)のでしょう。
後日談をひとつ書いておきます。あるところで講演したときに、このスライダープールの話をしました。それから1年ほどして、同じ町で講演したときのことです。講演終了後の質疑応答で、一人の女性が手を挙げて話をしてくれました。
「1年前に、ここで先生の話を聞きました。5歳の女の子の母親です。こんなことがあったんです。娘とUSJに行きました。スパイダーマンに乗りたいと娘が言いました。私は『アンタは怖がりなんやから、無理。やめとき』と言ったんですが、娘は頑固で言い出したら聞きません。しょうがないので、1時間も並びました。ようやく自分たちの順番がきて、乗り込むところになって、娘は『わたし、やっぱ、やめる!』と言って、降りるほうに行ってしまいました。とっさに『なに言うてんのん!』と私は言ったんですが、その瞬間に頭の中に、あのスライダープールの写真が浮かんだんです。これはどっかで聞いたぞって。そこで考えてみたら、いつもは全然辛抱のきかんあの子が、今日は1時間、なんの文句も言わんと並んでたなぁって。それで、これはあれや、って分かったんです。これは怒るこっちゃないって。なんていうか、私は、母親として一段上がれたんちゃうかなって。そう思えました。それを報告したかったんで今日は来ました。ありがとうございました」
会場は拍手喝采でした。それ以後、スライダープールの話をするときは、スパイダーマン
の話もしています。
田中茂樹著『子どもを見守ること』(大和書房)
本書は、医師・臨床心理士として20年以上にわたり多くの親子の相談を受けてきた著者が、「子どもを変えようとするのではなく、信じて見守ること」こそが、子どもの心を育て、親自身をも楽にするというメッセージを、豊富な実例と共に伝える一冊です。






























