天使の寝顔はどこ? 仕事の癒しを求めた父が寝室で見た想定外の現実とは【うちのアサトくん第13話】

黒史郎
2025.12.02 12:11 2025.12.15 20:00

寝ている子

仕事の疲れを癒やすため、アサトくんが眠る寝室に向かった、黒史郎さん。そこには愛する天使がいるはずでしたが…?

小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。


※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年6月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

天使はどこだ?

眠っている子どもの顔は天使の寝顔。

世間ではそう言われている。

間違ってはいないと思うし、僕もよくその表現は使う。

でも、子どもだってそうそう毎日、天使でいられるわけじゃない。

「ああ、疲れたぁ……」

深夜2時。原稿が終わらない。

座りっぱなしで腰が痛い。そろそろ休みたいが、しめきりも迫っている。もう少しだけ進めておきたい。

(よし。アサトから元気をもらうか)

いざ、寝室へ。

親にとって、わが子の寝顔は回復魔法。最大のご褒美だ。安らかな寝息を聞くだけで心が幸福に満ち、疲れも癒やされる。この子を守ろう、がんばろうって気持ちになれる。

ほっぺにチューなんてすれば元気百倍。寝室は癒やしの園なのだ。

豆球の橙の明かりに染まる寝室へ、そろり、入っていく。

寝ている女の子

ずごぉー、ずごぉー。

激しめのイビキが出迎える。

ギョッとした。寝室に険しい顔のコケシが寝ている。

うちの天使はどこだ?

……いや、これだ。このコケシがアサトだ。

隣で寝ている妻の毛布を奪い、わが身に巻きつけ、ぐるぐる巻きの棒状になっている。エジプトのミイラ展で見た猫のミイラのようにも見える。

暑苦しそうなので毛布をはがそうとするが、寝汗で全身が湿っているため、うまくいかない。そのうえ、両足をバッタみたいにビコンッ、ビコンッと突っ張らせる謎の運動を始めたので、やりづらいったらない。

何重にも巻かれた毛布をなんとかはがし、タオルで額の汗を拭く。すると険しい表情で、もっちゃ、もっちゃと空咀嚼を始める。夢の中でオヤツでも食べているのだろう。口元から顎にかけてテカテカしているのは大量のヨダレだ。枕やシーツへも染みわたり、今この瞬間も被害は拡大している。

ティッシュでヨダレを拭いていると──。

ぎりぎりぎり、ぎりぎりぎり。

今度は歯ぎしりが始まる。するとなぜか。

うーん……うーん……。

歯ぎしりに呼応するかのように妻がうなされだす。

その声がうるさかったのか、アサトは苛立つように毛布を蹴りのけ、そのまま踵を妻の腹の上にドスッと落とした。

「うぐっ」妻が呻く。

ぎりぎりぎり、ぎりぎりぎり。

う、うーん……うううーん……。

おかしいな。

寝室は癒やしの園ではなかったか。

……さっさとチューを済ませて、仕事に戻ろう。

チューの形に尖らせた唇を、アサトのほっぺに近づける。

「……ん? んんん? くさっ!」

思わずのけぞった。

「うううん、んむっふぅ、ううっふぅ」

アサトが寝苦しそうな唸り声を漏らす。

その声とともに口から強烈なニンニク臭が放たれる。

「えええ? わっ、くっさっ、ええええ?」

そういえば、餃子をしこたま食べたと言っていたな……。

まぁでも、贅沢は言っていられない……。

息を止めながら、ほっぺにチュッ——とする直前、アサトがゴロンと寝返りを打った。

アサトの肘が僕の鼻にゲシッと当たる。

両手で鼻を押さえ、痛みにのたうち回った。

あきらめた僕は、涙目のまま、癒やしの園を後にした。

もう一度言う。

子どもだってそうそう毎日、天使でいられるわけじゃない。

黒史郎

横浜市在住。重度の自閉症(A2)と診断された息子さん、奥様とともに暮らす。著書に、『幽霊詐欺師ミチヲ』(KADOKAWA)など多数。