天使の寝顔はどこ? 仕事の癒しを求めた父が寝室で見た想定外の現実とは【うちのアサトくん第13話】
仕事の疲れを癒やすため、アサトくんが眠る寝室に向かった、黒史郎さん。そこには愛する天使がいるはずでしたが…?
小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年6月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。
天使はどこだ?
眠っている子どもの顔は天使の寝顔。
世間ではそう言われている。
間違ってはいないと思うし、僕もよくその表現は使う。
でも、子どもだってそうそう毎日、天使でいられるわけじゃない。
「ああ、疲れたぁ……」
深夜2時。原稿が終わらない。
座りっぱなしで腰が痛い。そろそろ休みたいが、しめきりも迫っている。もう少しだけ進めておきたい。
(よし。アサトから元気をもらうか)
いざ、寝室へ。
親にとって、わが子の寝顔は回復魔法。最大のご褒美だ。安らかな寝息を聞くだけで心が幸福に満ち、疲れも癒やされる。この子を守ろう、がんばろうって気持ちになれる。
ほっぺにチューなんてすれば元気百倍。寝室は癒やしの園なのだ。
豆球の橙の明かりに染まる寝室へ、そろり、入っていく。
ずごぉー、ずごぉー。
激しめのイビキが出迎える。
ギョッとした。寝室に険しい顔のコケシが寝ている。
うちの天使はどこだ?
……いや、これだ。このコケシがアサトだ。
隣で寝ている妻の毛布を奪い、わが身に巻きつけ、ぐるぐる巻きの棒状になっている。エジプトのミイラ展で見た猫のミイラのようにも見える。
暑苦しそうなので毛布をはがそうとするが、寝汗で全身が湿っているため、うまくいかない。そのうえ、両足をバッタみたいにビコンッ、ビコンッと突っ張らせる謎の運動を始めたので、やりづらいったらない。
何重にも巻かれた毛布をなんとかはがし、タオルで額の汗を拭く。すると険しい表情で、もっちゃ、もっちゃと空咀嚼を始める。夢の中でオヤツでも食べているのだろう。口元から顎にかけてテカテカしているのは大量のヨダレだ。枕やシーツへも染みわたり、今この瞬間も被害は拡大している。
ティッシュでヨダレを拭いていると──。
ぎりぎりぎり、ぎりぎりぎり。
今度は歯ぎしりが始まる。するとなぜか。
うーん……うーん……。
歯ぎしりに呼応するかのように妻がうなされだす。
その声がうるさかったのか、アサトは苛立つように毛布を蹴りのけ、そのまま踵を妻の腹の上にドスッと落とした。
「うぐっ」妻が呻く。
ぎりぎりぎり、ぎりぎりぎり。
う、うーん……うううーん……。
おかしいな。
寝室は癒やしの園ではなかったか。
……さっさとチューを済ませて、仕事に戻ろう。
チューの形に尖らせた唇を、アサトのほっぺに近づける。
「……ん? んんん? くさっ!」
思わずのけぞった。
「うううん、んむっふぅ、ううっふぅ」
アサトが寝苦しそうな唸り声を漏らす。
その声とともに口から強烈なニンニク臭が放たれる。
「えええ? わっ、くっさっ、ええええ?」
そういえば、餃子をしこたま食べたと言っていたな……。
まぁでも、贅沢は言っていられない……。
息を止めながら、ほっぺにチュッ——とする直前、アサトがゴロンと寝返りを打った。
アサトの肘が僕の鼻にゲシッと当たる。
両手で鼻を押さえ、痛みにのたうち回った。
あきらめた僕は、涙目のまま、癒やしの園を後にした。
もう一度言う。
子どもだってそうそう毎日、天使でいられるわけじゃない。