「ヒゲでコチョコチョ」に癒される父 一方険しい表情の息子の反応は?【うちのアサトくん第18話】

黒史郎
2025.12.18 10:01 2026.01.01 20:00

頬をつく子ども

原稿の〆切を終えた父親が毎月楽しみにしている“ご褒美”。ちょっとしつこいスキンシップに、息子のアサトくんの反応は?

小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。

※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年11月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

じょり太郎とこちょ太郎

僕は毎月末、なんらかの原稿の〆切に追われている。

タイムアップの数日前は自主的カンヅメ。家から一歩も出ず、トイレ以外は椅子から立ち上がることもなく執筆に集中する。

そうして無事に乗り越えた後の僕はボロボロの状態だが、そこでバタンキューとはならない。疲れ果てた自分を癒やすため、必ずやることがあるからだ。

仕事を終えた僕は椅子から勢いよく立ち上がり、すぐさまアサトの元へと向かう。

部屋の真ん中で四肢を広げて、すっかり弛緩(しかん)&油断しているアサトを見つけ、僕は獣のごとく飛びかかる。そして、ふんだんにたくわえた顎ヒゲを彼の頬に押しつけるのだ。

「ァアサトォッ、ジョリジョリウリリィィィッ」
奇声を発しながら、しゃくれ顔で顎ヒゲをこすりつけてくる父親(ぼく)の顔を、アサトは険しい表情で押しのける。

次は無防備に露出しているふとももをヒゲでブラッシング。

「うははっ、どうだくすぐったいか、グフッ!」

必死に抵抗するアサトの蹴りが僕のみぞおちに突き刺さる。一瞬怯むが、こんなことであきらめる僕ではない。

ならば、お次はここだ! 

アサトのシャツの裾を、さっと勢いよくめくりあげる。

あらわになった横腹に僕はヒゲを押しつけ、ぐりぐりぐり!

さすがのアサトもこれにはたまらず、

「キシッ、キシッ、キシキシキシッ」

まるで妖怪のように笑いながらアサトが悶絶する。

これだ。この笑い声が聞きたかったのだ。

――そう。僕の癒やしとは、カンヅメ中に伸びまくったヒゲを利用し、アサトとたわむれることなのだ。

この日まで僕は睡眠時間を削り、大好きな読書もゲームもせず、その他ありとあらゆる娯楽を封じて原稿に集中する。そんな自分へのご褒美が、このヒゲプレイなのだ。この日のためにヒゲを剃らないといってもいい。

だが、チクチクするヒゲは痛いだけでダメだ。子どもの肌はマシュマロ、大福の求肥(ぎゅうひ) 。その柔肌を傷つけないよう、僕はちょうど良いヒゲコンディションであることを確認してから息子に押しつけている。

アサトは嫌な顔をして見せるが、本当は嫌がっていない。

その証拠に僕が立ち去ろうとすると、

「ジョリジョリ」

そういって横腹をチラ見せしてくる。

「今のをもう一度やれ」ということだ。フフ、しょうがないヤツだ。

ここからは妻も参戦する。

「コチョ~コチョ~む~しの、コチョ~たろう~」

妻は「コチョコチョむしのコチョたろう」の歌詞を呪文のように唱え、指をワキワキさせながらアサトに迫る。僕の武器はヒゲだが、妻は自分の指に「コチョたろう」なる“虫”を召喚する。おもむろにアサトの服の裾をめくりあげた妻は、彼のおへそ周辺に「コチョたろう」を這わせる。

「キシシシッ! オシマイ! オシマイ!」

オシマイにしろと言いつつ、もっとやれと腹を出してくる。

妻のほうがウケがいいのが悔しい僕は、一段と顎をしゃくれさせ、

「じょり~じょり~む~しの、じょり~たろう~」

怪虫「じょりたろう」となった僕が、横腹に顎ヒゲを押しつけてブルンブルンと高速で頭を振る。するとアサトは「ケシャシャシャッ」と笑いながら身をよじる。

僕らはアサトのこの笑い声が好きで、アサトはこの2匹の“虫”が大好きなのだ。

黒史郎

横浜市在住。重度の自閉症(A2)と診断された息子さん、奥様とともに暮らす。著書に、『幽霊詐欺師ミチヲ』(KADOKAWA)など多数。