研究者が指摘する「どうしても本を読まない子ども」の親に必要な決断

子どもに質の高い読書をさせるには、人生全体に影響を与える「一生ものの一冊」との出会いが必要だと、研究者の猪原敬介さんは語ります。
とはいえ、すべての子どもが同じように読書に向いているわけではありません。親の願いとは裏腹に、特性によっては本と相性が合わない子どももいます。本稿では、書籍『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」』をもとに、子どもの特性を踏まえたアプローチの重要性を解説します。
※本稿は、猪原敬介著『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」』(日経BP)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
子どもの特性に合わせることの大切さ

顔の造形、身長、運動神経、知能、性格……私たちは「生まれつき」のものから大きく制約を受けています。それらは「個性」と呼ばれます。
こうした個性のひとつとして、「読書に合う子ども、合わない子ども」は当たり前にいます。「合う程度、合わない程度」もさまざまで、中にはディスレクシア(発達性読み書き障害)という生まれつきの学習障害によって、文字を読むのが苦痛である子どももいます。
センシティブな部分なので誤解してほしくないのですが、ディスレクシアのある子どもであっても一生ものの本に出合うことはあります。しかし、ディスレクシアがあって、かつ、本が嫌いだと本人が感じている子どもに「一生ものの本に出合ってほしい」と読書を勧める必要はないのではないか、ということです。
学習目的だとしても、現在では症状の重さや種類に合わせてさまざまな学習支援法が提案されています。それらは「レベルを下げた本を一人で読ませる」という単純な読書活動よりもはるかにきめ細かく効果が高いものなので、まずはそちらを試してみるべきでしょう。
ディスレクシアのない定型発達の子どもでも、読書の好き嫌いもあれば、文字から情報を読み取るのが得意、耳で聞いたほうがよく理解できる、映像のほうが断然記憶に残る、といったようにメディアの得手不得手もさまざまなのです。
そうした認識さえあれば、映画、観劇、音楽……多様なメディアが存在する現代、「甚だしく不向きな読書」にこだわる理由はないように思います。
読書以外に目を向けることがベストであることも

「いくら生活を改善しても、取り組みをしても、子どもが読書が好きにならない」としたら、保護者としては決断が必要な時期に来ています。
それは子どもの生まれ持った特性として読書を好まないのではないか、ということです。そして、十分に生活が改善されていれば、子どもはさまざまな経験をしてきたはずなので、子どもに向いたものがどんなものなのかに気付けるはずです。
保護者の努力がすぐには花開かなかったという意味では残念ですが、子どもの可能性を拡げるという意味では「前進」です。「うちの子には無理に読書ばかりさせるのではなく、映画や直接人と会話する機会を増やそう」といった形で生活をデザインし直します。
子どもの読書は生活全体のバロメーター、と書きましたが、これは「子どもが読書をたくさんするほどよい家庭」といっているのではありません。よその家と比較してもまったくの無意味です。子どもが以前と比べてよい表情をするようになり、以前よりも読書をする余裕が出るようになれば、生活全体がうまくいっているといえる、ということです。
そこで更新された生活では「うちの子には無理に読書をさせない方針」として、読書は適切な位置づけになっているでしょう。そのこと自体が、生活全体がうまくデザインされていることを示している、といえます。
繰り返しますが、よその家や子ども同士を比較することはまったくの無意味です。
子どもには生まれ持った「特性」があります。それを開花させることが大切なのだと納得できれば、「読書は合わない」というのは喜ばしい「発見」です。
読書で苦痛な時間を浪費するくらいならば、読書に拘泥せず、子どもに合ったメディアを採り入れる。それこそがその子にとっての「読書効果が最大になる状態」だと思います。

猪原敬介著『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」』
本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。
本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。
本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。
探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力...読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!





























