「きょうだいを平等に愛せないかも」幼少期の“姉弟差別”が残したトラウマ 母の悩みに精神科医はどう答えたか

佐々木正美


「きょうだいを平等に愛せる自信がない」…その不安の背景にあるのは、幼いころに親から受けた扱いかもしれません。

幼いころに受けた姉弟差別の記憶に苦しむ母親からの切実な相談に、精神科医の佐々木正美先生が伝えたのは、過去にとらわれすぎず前に進むための考え方でした。『この子はこの子のままでいいと思える本』より、佐々木先生のメッセージをご紹介します。

※本稿は、佐々木正美(著)『この子はこの子のままでいいと思える本』(主婦の友社)より一部抜粋、編集したものです。

きょうだいを平等に愛することができますか?

(3才男の子の母/妊娠7カ月)

現在、妊娠7カ月です。3才になる息子とおなかの子ども、平等に愛情を与えられるか心配です。なぜそう思うのかというと、わたしの幼いころの記憶のせいです。母に「おまえが女の子だったから、みんながっかりした」と聞かされました。弟が生まれたとき、父はとても喜んだそうです。子どものころ、毎晩、わたしは小さくなって、自分と弟はどうしてこんなに違うんだろうと思っていました。

祖父母はわたしをかわいがってくれましたが、子ども心に「おじいちゃんたちだって、弟がいればそれでいいと思っている……」という考えが頭を離れませんでした。

父はわたしに対してやさしい言葉の一つもかけてくれませんし、妊娠中のわたしのそばでタバコを吸うような人です。母はわたしに対して「言いたいことは何を言ってもいい」と思っているようで、心ない言葉の数々に傷つけられてきました。夫はわたしの親の態度に気がついていて、「おまえは親にかわいがってもらってへんのやろ?」と意地悪なことを言います。

こんなわたしが2人目を産んで、どちらかにわたしのような思いをさせてしまったら……と不安でたまりません。わたしのように自分を肯定できない人間には育ってほしくないのです。

決意しましょう。親から言われたかった言葉を子どもに伝えられるのはあなたです

運命とは不公平なものです。それでも前に進むことはできるのです

最近、同じような悩みをもつ方が、わたしのところに相談に来られました。40代の女性なのですが、「いちばんかわいがられたのは姉で、次は妹で、わたしは少しもかわいがってもらった記憶がありません」と言うのです。実際に親がかわいがっていなかったかどうかはわかりません。けれど、わが子にそう感じさせてしまう親は、確かにいます。

この女性はこうも言っていました。「自分を大切にできる人は、親から大切にされた人です。自分を大切だと思うから友人を大切にできる。わたしにはそれができない」と。

わたしはこんなことを話しました。「人にはそれぞれ、持って生まれたものがあります。容姿、体型、健康状態、経済的な豊かさ、もっといえば生まれる国も、平和かどうかも。人はみな千差万別で不公平で、わたしたちは選ぶことができません」

そして「与えられなかったものがたとえどんなに大きいとしても、そこに心を奪われているばかりでは、前に進むことができません。大切なことは、恵まれなかったものを自分でどう補っていくのかなのです」と。

どんなに望んだとしても、この女性のご両親は、幼いころに不足したものをいまさら与えてくれることはないでしょう。けれど、かわりにいま、別の人から与えてもらうことはできるのです。親が子に与えるような無条件の愛情ではありませんが、自分が何かを与えることによって、相手から何かを与えてもらい、心が満たされることはできるのです。

この女性に、わたしは言いました。「自分の得意なことで、人と交わってください。手芸が好きなら手芸を、歌が好きならコーラスを、山歩きのサークルや料理教室でもいいでしょう。そういった会に参加なさって、人との交わりを深めましょう。その中で誰かの役に立ったり、感謝されたり、何げない言葉を交わしたりする経験を積み重ねていくことで、きっと満たされていきますよ。最初は気をつかってしまい、『ひとりでいるほうがよかった』と思うこともあるかもしれません。けれどそれは、相手からも気づかわれているということです。時間がたつにつれ、そのあたたかみがわかってきます。人間は人間関係を通してしか、人間関係の不足を解決できません。そういうものなのです」と。

両親とは距離をおいてかまいません。けれどいつか、わかり合えるといいですね

さて、今回のご相談者にも、わたしは同じようなことを伝えたいと思います。もうすぐ赤ちゃんが生まれるということなので、育児サークルなどに参加してはいかがでしょう。自治体が主催する育児講座や「親子ひろば」のような場は、おそらくいろいろあると思います。そういう場で打ち解けられる人を見つけることができるのではないでしょうか。

文面を見る限り、この方が望むようなやさしさや愛情を、ご主人は与えてくださらないようです。であればなおさら、まずは「わたしが相手に喜びを与えるのだ」と思ってください。わが子に対しても同じです。相手に喜びを与えるうちに、いつかもっと大きな喜びが自分のところに返ってくるのです。特別なことはいりません。そうですね、家族の好きな食事を用意するのが手っとり早いでしょう。高価な食材やぜいたくなメニューという意味ではなく、「あなたの好きな○○を作ったよ」と。それがいいのです。すぐに成果は出ないかもしれませんが、何週間も何カ月も何年もかかっていい方向に向かうものだと思ってください。昨日より今日、今日より明日という気持ちで続けていけば、あるとき穏やかな心をとり戻していることに気がつくでしょう。

そしていまは、「子どもが2人になると平等に愛せないなんて、そんなことはないのだ」と決意しましょう。あなたとご両親は違うのです。しっかりと思うのです。そしてあなた自身が親に言ってほしかった言葉を、してほしかったことを思い出すのです。それを2人の子どもに言って、してあげてください。きっとできると思います。

ご両親とは無理につきあう必要はありません。距離をおくのもいい方法です。ただいつか、「彼らもきっと哀れな育ちだったのだ」と思ってあげられるといいですね。急がなくていいのです。亡くなったあとに思えるようになったとしても、それは立派なことだと、わたしは思います。