いつの時代もなくならないいじめ問題。わが子が巻き込まれたとき、親にできることはあるのでしょうか。

 

思春期

 

「いじめはなくならない」を前提に

 

子どもにまつわる親の心配事は尽きませんが、「いじめ」もその大きな一つではないでしょうか。いじめ自殺事件の報道が後を絶たない昨今ですから、わが子もいじめに遭っていないかと気にしている親は多いと思います。

 

まして思春期になると、子どもは学校での話を家ではあまりしなくなるので、子どもにちょっと変わった様子があると、いじめられていることを隠しているのではと、親は気が気でなくなるようです。

 

思春期のいじめ。それは確かに、幼少期とは質が違ってきます。

 

幼少期にもちょっとしたいじめはありますが、お互いが恨みを持たない時期なので、後を引きません。翌日になればケロッと忘れて仲良くしています。

 

思春期のいじめはまるで別ものです。思春期は「清く正しく美しく」生きようなんて思えない時期。マグマのようにフツフツと邪悪なものが湧き出てきて、持て余すエネルギーで、何か悪いことをせずにはいられない時期でもあり、誰かをいたぶりたい。そんな不安定きわまりない年頃なのです。

 

まして最近のいじめは、従来のそれとは段違いに卑劣で執拗なものに変わってきています。ネットを使った、顔の見えない陰湿ないじめも多発しています。

 

いじめについて確実に言えることがあります。それは、いじめは絶対になくならないということです。今、学校で「いじめゼロ運動」をしているようですが、残念ながらなくすのは無理でしょう。

 

人間関係というのは、基本的に、いいことばかりではないのです。仲良しだと思っていた相手から思わぬ意地悪をされたり、信頼していた人に裏切られたりといったことの繰り返しです。それは、大人である読者のみなさんこそ、実感していることではないでしょうか。大人の社会もいじめだらけです。会社でも、ママ友の世界でも、学校の先生の間でさえ、いじめが後を絶たない。それなのに子どもの世界からだけいじめをなくそうとしても無理な話なのです。

 

学校ではこんな大人の世界の当たり前のことでさえ教えてはもらえません。本気で「いじめをゼロに」と先生たちは子どもたちに語っています。だからこそ、親が、本当のことを子どもに教えなくてはならないのです。

 

以前、東京海洋大学名誉博士・客員准教授で、テレビでおなじみのさかなクンが、「いじめられている君へ」と題していじめについて書いているのを読みました。

 

水槽に魚の群れを入れると、必ずいじめが起こるそうです。いじめられてウロコまではがされている魚を、さかなクンは気の毒に思ってすくってあげるのですが、ほどなく新たな犠牲者が選ばれ、同じ繰り返しになるそうです。その魚をすくえば、また次の魚というふうに、終わりはいつまでも来ないのだとか。

 

つまり生物は、そういう本質を持っているようなのです。この魚たちの場合で言えば、本当は海で泳ぎたいのに、狭い水槽に入れられてしまった。そのイライラを、誰かをやっつけることで解消したい気持ちに、ついなってしまうらしいのです。

 

人間社会も約束事に満ちています。本当はもっとのびのびと生きたいのに、素っ裸で過ごすことも、年中遊び暮らすことも許されない。学校もそうで、校則があり、時間割があり、授業中は椅子に座って話を聞いていなければなりません。水槽の中の魚と同じくらい、窮屈な暮らしをしているのです。

 

人間はいちおう高等生物ですから、我慢やルールを文化として学習し、がんばってそれに従って生きていますが、やはりどこかでイライラが募っています。そこでフツフツと、うっぷん晴らしに誰かをいじめたい気持ちが湧いてくるのではないか。

 

いじめることが、なくしようのない生物の本質ならば、それを前提にした子どもたちへの指導こそが必要です。いじめにどう対処するか、そしてどうしたら人をいじめたい気持ちを自制できるかを教え、強くなるよう導いていくしかありません。

 

いじめに勝てる強さを身につけさせよう

 

幼少期の子どものけんかに親は干渉しすぎてはいけませんが、思春期以降のいじめも同じです。

 

最近のいじめはあまりにもひどいものが多いので、どこまで黙って見守っていていいかは判断に苦しむところです。しかし親が出て行くことでより複雑化することもあるので、安易に干渉しないほうがいい場合が多いのです。いじめには理由なきものが多く、犠牲者が順番にまわっているようなところがありますから、時間が過ぎれば自然に収束していくこともよくあります。また、いじめを乗り越えることで強くなる子どもが大勢いるのも、私が見てきた確かな事実です。

 

親にできることは、わが子がいじめに遭ったときの準備として、強く跳ね返せる知恵と力をつけてあげることです。その知恵と力には、二つあります。一つが「笑いのセンス」。もう一つは、「強力なオーラ」です。

 

笑いのセンスが身についていれば、つらいことも笑いに変えられ、どんな状況にも明るさを見出せます。笑いが絶えない家で育った人には、ちょっとやそっとのことでは折れない強さがあるのです。笑いのセンスというのは学校では教わりませんが、人生においては必修科目と言っていいくらい大事なものだと私は考えています。

 

私も小学5年のときにいじめに遭いました。頭が大きいことから、クラスのみんなに「でこっぱち」と呼ばれてからかわれていたのです。好きな女の子までが一緒に「でこっぱち」の大合唱をしている姿を見て、どこまでも落ち込んでいた私でした。つらい日々が一か月も続いた頃、私は児童会の副会長に立候補しました。選挙演説の台に立つ直前、私は突然あるギャグを思いつき、実行しました。「私があの、頭のでっかい高濱です!」と、横向きで自己紹介し、礼をした瞬間に頭をゴチンとマイクにぶつけたのです。その反響音はボワワワンと会場に広がり、全校児童は大爆笑。それきりいじめはピタリと収まりました。

 

今ふり返ると、それまでの私には、どこかモジモジ、オズオズしているようなところがありました。人間もほかの生物と同様、生命力の乏しい、ひ弱な感じがする人をいじめたくなるもの。私もきっとそう見えていたから、クラスの子たちはついからかいたくなったのだと思います。しかし全校児童を笑わせたことで自信を得た私は、もはやひ弱さを感じさせなくなり、クラスのみんなはいじめ甲斐をなくしたのでしょう。選挙演説以降の私は、むしろみんなを笑わせる人気者になりました。

 

二つめの「強力なオーラ」も、ぜひ身につけさせてあげてください。自分に自信があり、毅然とした雰囲気をまとった子に、いじめは寄ってきません。

 

以前の教え子に、ピアノコンテストでいつも一位をとっている女の子がいました。ちょっとすました雰囲気が、生意気に見えたのでしょう、男の子たちによくからかわれていました。しかし彼女は、まるで撥水加工のコーティングをしているかのように、まったく相手にしていませんでした。いじめのビームは、彼女の自信のオーラにあっけなく跳ね返されていたのです。

 

親はわが子に何か一つでいいから、自信を持てるものを身につけさせておきましょう。それは、いじめを跳ね返す力にもなるのです。

 

 


 

【本書のご紹介】

 

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『子育ては、10歳が分かれ目。』

著者:高濱正伸(たかはま まさのぶ)

「10歳からの子育て」こそ、子どもと親子の将来を左右する! 男女の違い、父母の役割り分担、子離れの仕方を説く、子育て本の決定版。