子育ての疲れが原因に…「ネットで他人を中傷する親」が抱える生きづらさ

石井光太・小川晶子

子どもたちの言葉を奪う社会の病理を描き出して話題となった『ルポ 誰が国語力を殺すのか』の著者、石井光太氏。「ヤバイ」「ウザイ」などの言いかえを紹介しながら、楽しく語彙を増やす児童書『超こども言いかえ図鑑』の著者の一人、小川晶子氏。

両者が「子どもと言葉」について感じる危機感を、それぞれの立場からざっくばらんに語り合った。最終回は、現代の言語環境と大人の国語力についてお届けする。

石井光太(いしい・こうた)
作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。2021年『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』で新潮ドキュメント賞を受賞。

小川晶子(おがわ・あきこ)
ブックライター、絵本講師。
児童書や教育関連の書籍を中心に本づくりに携わっている。

高い国語力が求められる社会

小川:現代は誰もとりこぼさないやさしい社会を作ろうとしていて、ハラスメントやコンプライアンスにも注意深くなっていますよね。これを石井さんは「解像度の高い社会」とおっしゃっています。

石井:はい。たとえば昔は「外人」といえば「アメリカ人」か「アフリカ人」というようなざっくりした捉え方をしていましたし、性別も「男子」か「女子」かですよね。今よりはるかに解像度が粗かったんです。今は解像度が高くやさしい社会になっていますが、それは実は高い国語力が要求される社会でもあります。

小川:あらゆる人に配慮した表現、伝わる表現を心がける必要がありますもんね。そういう意味では、大人のほうが「ヤバイ」のかもしれません。昔と同じ表現をしていたら、今の時代に合ったコミュニケーションができません。

実際、「誰もとりこぼさない」教育を受けてきた世代の人と話すと、誰に対してもやさしいし配慮が行き届いているし、すごいなぁと思います。

でも、それをネガティブに捉えている人もいます。

誰もとりこぼさない教育を受けてきたため、「リアルの世界では本音で話すことが難しく、SNSの裏アカを使って本音を言う」と話している人がいて、ああ、そういうことが起きているのかと思いました。

解像度が高くなって生きやすい人もいるし、逆に生きづらさを感じる人もいるのかなと感じます。

石井:そうだと思います。ただ、「誰もとりこぼさない」教育を受けてきた人たちは、ぼくたちが想像もできないような新しい社会を作っていくのではないかと思っています。解像度の粗い社会を生きてきた大人は「大変だなぁ」と感じるかもしれないけれど、最初から解像度の高い社会を生きる人にとっては普通かもしれません。

国語力は鍛えないと衰えていく

小川:社会自体の解像度が高くなっていく中で、私たち大人も意識して国語力を上げていく必要がありますよね。でも、もしかしたら子どものほうが本を読んでいて、大人は読んでいないんじゃないでしょうか。ネット上の刺激的な言葉には反応するけれど、文章を丁寧に読んでいる人が少ないような気がします。

石井:ネット上の文章は刺激的な言葉で目を引いていますからね。社会全体として、短期的に目に見える成果を求める風潮がありますから、読む行為も「答えを求めて読む」のが多くなっているのではないでしょうか。でも、本来の読書はもっと豊かなものです。自分を育てるために読むのです。

国語力は筋力みたいなもので、鍛えないとどんどん衰えていきます。

たとえば、今こうしてぼくたちは会話をしていますが、世の中の会話はさほど深い言語空間ではありません。でも、文学作品を読むと、会話以外の部分がものすごく丁寧に書かれていますよね。それぞれの心理描写だったり、言葉の背景が描かれています。

日頃こうした深い言語空間に触れているからこそ、会話しながらも相手の心情や言葉の背景を想像することができ、深められるんです。本を読まなければ、少ないボキャブラリーで単純な会話をするだけになってしまいます。

また、年齢に応じて必要な国語力は変わります。若い頃は友だち同士のコミュニケーションだけで良くても、社会人になったり、結婚したり、子どもができたりするとコミュニケーションが変わります。新しい課題が次々に出てくる。それなりに複雑な言語空間に身を置いていないと、対処が難しくなるでしょう。

国語力が20歳の学生のままでストップしていたら、当然合わなくなってくるし、衰えていくのです。それは生きづらさにつながります。

小川:ネット上で誹謗中傷の書き込みをしたり、炎上に参加しているのは、実は大人だという話があります。私も、子育て中のお母さんたちが炎上に参加しているのを見たことがあります。ある種の正義感から批判的書き込みをし、エスカレートしていくというような…。

それも、生きづらさの一つの発露かもしれません。

石井:ある程度定期的に複雑な言語空間に身を置かないと、国語力は弱まっていきます。2022年8月に総務省が発表した「社会人の学習時間」(有業者の「学習・自己啓発・訓練」の時間)は、平均で週に7分でした。たったの7分ですよ?

小川:まったく勉強していない人が多いということですよね。これとは別に読書時間があると思いたいですが、月に1冊も読まない人も多いと聞きます。

私たち大人は「国語なんてわかっている、自分は本が読める」と思いがちですが、実は読めなくなっているのかもしれません。近年の大人向けの本も、文字量を減らしたりイラストを増やしたり、読める工夫をしないと読んでもらえないという嘆きを編集者さんから聞くことがあります。

子どもの語彙力や読解力に注目が集まりますが、大人ももっと国語力を意識したいですね。

関連書籍


ルポ 誰が国語力を殺すのか(文芸春秋)
『ごんぎつね』の読めない小学生、反省文の書けない高校生…子供たちの言葉を奪う社会の病理と国語力再生の最前線を描く渾身のルポ!「文春オンライン」200万PV突破の衝撃ルポ「熊本県インスタいじめ自殺事件」を含む、現代のリアルと再生へノンフィクション! 

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