「塾講師に子どもの話をペラペラ話す母」に届かなかった中学受験生の本心

尾崎英子

個人情報を漏らさないでほしい…

「チアダンス部に入りたいんだってね、中学で」

部屋を出ると、半歩先を歩いていた五十嵐先生が振り返った。

「えっ、ああ」

大股で歩く五十嵐先生に追いつくのがたいへんで、つむぎは少し息を弾ませた。

「さっき、お母様がおっしゃっていたの。青明女子中の文化祭でチアダンス部のパフォーマンスを見て、ここがいい! ってなったんだって」

ママって、なんでもペラペラ喋るんだから。まだ通うかどうかもわからない塾の講師に、個人情報を漏らさないでほしい、と心の中で不満を言いながら、つむぎは相槌をうった。

「青明女子のチアダンス部って強豪なのよね。一昨年かな、真下さんと同じように、チアダンスをやりたいって青明女子に進学した生徒がいたの」

「でも、わたし、偏差値足りてないんで」

謙遜ではなく、こう言っておかないと、恥ずかしいことになる。さっき受けたテストがボロボロだったら、陰で笑われそうだ。

「人気が高まっている学校だから、もちろん簡単ではないけれど、あなたみたいに、はっきりとした目的を持っている子は最後の最後まで伸びるんですよ。だから、大事なのは、なんとしてでもその学校に行きたいんだっていう、強い気持ちを持ち続けること」

大福みたいに白くてぷくぷくした頬を膨らませて、五十嵐先生は微笑んだ。そして、階段を下りて二階の受付の前にいくと、仕切りの奥を覗いて、左右を見回した。

「お母様、お手洗いかしら。ここで待っていて」

「……あのう、結果っていつわかるんですか」

ママがいないそのタイミングで、つむぎは訊いた。

「今日中にお電話します。7時くらいまでにはご連絡するつもりです」

大丈夫? と顔を覗き込まれて、つむぎは一つ頷き、所在なくあたりを見回す。すぐそばの壁に貼られているポスターが目に留まった。



『帝都駒場中学校1名 開煌中学校2名 麻見谷中学校2名 桜鳳中学校3名 女子学芸中学校1名』

ついこの間終わった、今年の入試結果のようだ。

「つむぎ、お疲れさま。先生は?」

ハンカチで手を拭きながらやって来たママは、受付にいる五十嵐先生を見つけると、そちらに挨拶に向かう。五十嵐先生の隣に男の先生が現れて、ママは何度もお辞儀をしている。

いったい何を喋っているのだろう。さっさと帰ろうよ。そう思っていると、ママは五十嵐先生から何かを受け取って戻ってきた。

近くで見ると『エイト学舎』と青色の文字で印刷された白い封筒だった。この塾のパンフレットが入っているのだろう。ママの仕事の机には同じような封筒が積み重ねられている。

「じゃ、行こうか」

「これって合格者数だよね? 少なくない?」

声をひそめ気味に言ったのに、軽く肩を叩かれた。足早に出口のほうへ歩いていく母について、つむぎもリュックを背負い直しながら向かった。

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