子育て家庭を苦しめる「教育費の上昇」が止まらない原因とは?
収入は上がらないのに教育費だけは膨らみ、つい子どもに「お金出してるのは親なんだからね!」と言ってしまった…。そんな経験はありませんか? 現代の子育て家庭の教育費負担は、なぜ増加し続けているのでしょうか。
本稿では作家の佐藤優さんが、中学生のナギサとミナト、ロダン先生の対話形式をとって「賃金と教育費」の問題について易しく解説します。
※本稿は佐藤優著『正しさってなんだろう 14歳からの正義と格差の授業(Gakken)』から一部抜粋・編集したものです
「お金出してるのは親なんだからね」と言われる…
【ナギサ】こっちがお金を出せないのを知ってて言うんですよね!
【ミナト】この理屈なら、親の言うことは何でも聞かなきゃいけなくなる!
【ロダン】たしかに、そう言いたくなる気持ちはよくわかります。ひと昔前は、子どもの前ではお金のことは口にしない、という人が多かったけど、最近は、こういうことを言う親がふえた気がします。お金の話が露骨に出てくるようになったのは、それだけお金に窮屈な家庭がふえたからかもしれません。
【ミナト】貧しくなったってことですか?
【ロダン】日本人の給料がずっと上がらないという話は、あなたたちもどこか聞いたことがあるんじゃないかな? 日本経済はこの30年間、低迷を続けていて、平均給与もほぼ横ばいか、場合によっては下がってきています(図1―10)。
外国と比べると、そのことはもっと実感できます。1991年の給料を100としたとき、ほかの先進国ではこの30年で名目(金額)ベースでおよそ180から280、つまり1.8倍から2.8倍にふえているのに対して、日本の給料は111.4でほぼ横ばいです。物価上昇率などを引いた実質賃金でも、ほかの先進国が1.3〜1.5倍ほどのびているのに対して、日本は103.1でほぼ同じ、イタリアは96.3で若干下がっているのがわかります。
【ミナト】なんだかさみしい話ですね…。
【ロダン】給料の額面さえ、ほぼ横ばいかへっているのに、超高齢化と人口減少というダブルパンチで、税金や社会保険料の負担が年々ふえてきています。働く人の数がへると同時に、お年寄りがふえているわけで、どうしても、税金や社会保険料をおさめる現役世代1人あたりの負担が重くなってしまうんです。
【ナギサ】1人の人を6人で支えていたときは、1人あたりの負担は6分の1ですんでいたけど、2人の人を5人で支えるようになると、1人あたりの負担は5分の2になるってことですね。
【ロダン】言いかえると、2.5人で1人を支えることになるわけです。それが何を意味するかというと、お父さんとお母さんが共働きだとして、この2人は自分の家族(子どもや同居する親など)以外に、どこのだれとも知らない人をほぼ1人、実質的に養っているということです。
【ナギサ】知らない人が家族になってるってこと?
【ミナト】いつのまに!
【ロダン】笑ってるけど、これが現実に起きていることなんです。いつのまにか扶養家族が1人ふえたみたいなものだから、家計にゆとりがなくなってくるのは当然です。しかも、あなたたちが学校に入ったり、塾に通ったりするのにかかる教育費の負担もふえています(図1―12)。つまり、入ってくるお金(給料)がへっているのに、出ていくお金(税金・社会保険料・教育費)がふえているわけです。
【ナギサ】お父さん、お母さん、がんばって……。
【ロダン】そんな状況だから、お財布のヒモがきつくなるのもしかたありません。お父さん、お母さんだって、時にはグチりたくなるってもんです。
上がり続ける教育費負担
【ミナト】なんで教育費が上がっているの?
【ロダン】1つには、大学や大学院まで行く人がふえたからです。少子化で子どもの数はだいぶへったのに、大学生の数はへるどころか、少しふえています。そしていよいよ、入る大学を選り好みしなけければ、希望した人はだれでも大学に入れる大学全入時代をむかえます。大学に入るための入学金や授業料も年々上がっているので、親の負担はふえるばかりです。
【ミナト】入りたい大学に試験なしで入れればいいのになあ(笑)。
【ロダン】2つめは、私立の小中学校を受験する人がふえたからです。中学校までは義務教育だから、公立の小中学校に行けば、ほとんど授業料はかからないけれど、高いお金を払っても私立に入れたいという親がふえています。
【ナギサ】わたしの幼稚園にも私立小学校を受験した人がいました!
【ロダン】そして3つめは、塾に行く人がふえたからです。その塾も、以前は1つの教室に生徒をたくさん入れて、一斉に教える学校の授業スタイルが主流だったけど、いまは生徒1人ひとりの進度や得意不得意に応じて、個別指導するタイプがふえてきているので、その分、料金が上がります。
【ナギサ】個別指導だと講師の時給が下がるから、学生アルバイトがふえるって聞きました。
【ロダン】アルバイトでも教育の水準を一定に保つために、だれでも使いやすい教材を開発するコストもかかる。そんなわけで、夏休みや冬休みに個別指導塾の講習に行けば、10万円なんてあっというまに飛んでいってしまうんです。
【ナギサ】親に感謝しなくちゃいけないですね。
【ロダン】小学校の1クラスの上限人数が40人から35人にへって、35人学級がはじまります。でも、5人へったくらいでは、いまの学校の先生たちのたいへんさは変わりません。
じっと座っていられない子もいれば、学校に来なくなってしまう子もいます。コロナでいきなりオンライン授業をしなければならなくなったり、授業以外の事務作業もぼう大で、学校行事の準備もあるし、部活の顧問も引き受けたりして、とにかくいそがしいんです。
【ミナト】なかには学校に無理難題をふっかけるモンスターペアレントもいる。
【ロダン】最近は教育委員会もしっかりしてきて、授業中に歩き回ってしまうような落ち着きのない子については、保護者がきちんと願い出れば、教育指導員をつけてマンツーマンで対応してくれるようになっています。そうしないと、学級崩壊してしまうから。
【ナギサ】担任以外の人が教室にいること、よくありました。
【ロダン】こうしてみると、学校の先生は本当によくやっていると思います。子ども思いで優秀な教師もたくさんいます。でも、だからといって、いまみたいに多様な生徒全員を、1人の落ちこぼれも出さないように教育をするのは、たぶん無理なんです。親や地域社会からいろんな要望がもちこまれる公立小学校は、すでにいっぱいいっぱいの状態だからです。
【ミナト】先生もがんばっているんだね。
【ロダン】生徒1人ひとりに、同じように手が回らないからといって、それを先生個人の力量不足だとするのは、あまりに理不尽です。それがわかっているから、お金に余裕のある家庭では、子どもを私立の小学校に通わせようとしているわけです。