開成の元校長が、超進学校でなくても「日本の18歳は優秀」だと語る理由
開成中学校・高等学校の元校長で、現在、北鎌倉女子学園中学校高等学校の学園長である柳沢幸雄先生によると、「日本の18歳は優秀」なのだそう。
偏差値が高いとされる学校に通う子はもちろん、そうでない子にも、潜在能力は十分あると語ります。
では、そんな子どもたちの力をつぶさないために、周りの大人が心掛けるべきことは何でしょうか?
柳沢幸雄先生、そして有名学習塾SAPIXの共同代表を務める髙宮敏郎先生に、「ほめることの教育的効果」について語っていただきました。
※本稿は髙宮敏郎著『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること』(総合法令出版)から一部抜粋・編集したものです。
ほめることの教育的効果
髙宮:先生は、開成の校長時代に「日本の18歳は世界一だ」とおっしゃっていました。開成の生徒たちが“世界一”なのでしょうか。それとも、日本の子どもたち一般にも当てはまることなのでしょうか?
柳沢:開成は、偏差値的に見ると非常に優秀な学校です。それに比べると、北鎌倉女子学園は遠く及びません。ただ、そこで教えていても、やっぱりその思いは確実にあるのです。「日本の高校生は優秀だ」と。
開成の生徒は、激しい競争試験を打ち勝ってきています。「私は勝ったんだ」という強烈な成功体験が根っこにあるので、自己肯定感の高い子が多い。ところが、北鎌倉女子学園の生徒は、これまでそういう自己肯定感を得られる場が少なかった。だから、常々「君たちは、潜在能力としては十分なものを持っているんだよ」と生徒に言い聞かせています。そうすると、生徒たちは本当に伸びるのです。
これは今年(2023年)の3月に卒業した生徒の話ですが、高校3年生の6月に私のところへやってきて、「先生、小論文の書き方を教えてください」と言いました。 私は「ああ、いいよ」と、すぐに引き受けました。北鎌倉女子学園は何しろアットホームで、塾のように個別指導ができる学校ですからね。
すると、芋づる式に20人ぐらいの生徒たちが集まってきました。受験する学校がそれぞれ違いますし、まとめて教えるわけにもいかないので、いくつかのグループに分けて指導しました。そうすると、本当に成績が上がりました。私の感触としては、当初彼女たちが志望していた大学よりもワンランク、ツーランク上を狙える力がついたのではないかと思います。
髙宮:子どもたちには、それだけ伸びしろがあるということですね。
柳沢:そうです。伸びしろがいっぱいあります。先の例で言えば、私のところに来た生徒の、ほぼ全員が第一志望校に受かりました。
要するに、大切なのは「いかに自信をつけさせるか」「自信を感じさせるか」ということです。偏差値が高いとされている学校では、入学試験の競争が非常に厳しいので、その試験に受かって「勝った」という実感があれば、誰かに後押しされなくても自己肯定感が育まれます。しかし、そうでない学校の生徒については、誰かがきちんと自己肯定感や成功体験を確信できるようにしてあげなければなりません。
それなのに、日本ではそういう教育が学校でもできていなければ、家庭でもできていない。親はたいてい、「あんたなんて、どうせダメでしょ」「どうして、いつもそうなの?」と言うだけです。子どもは「親のほうがダメなんじゃないの?」と言いたくなるけど、それを口にするとケンカになるから言いません(笑)。
髙宮:そうすると、開成の校長先生として「日本の18歳は優秀だ」「世界に通用する」と考えていらしたのは、少なくとも開成の子たちには自信があり、勉強ができるという理由からだったんですね。
しかし、立場が変わって、偏差値としては開成に及ばない学校の生徒でも、「自信を持たせればもっと伸ばせる」というように考えが変化したということでしょうか。
柳沢:いいえ。その発言も、開成の生徒だけを念頭に置いていたわけではありません。当時から、いろいろな学校で講演をしたり、模擬授業をしたりして、さまざまな生徒と接する中で感じていたことです。日本の18歳は本当に優秀なのです。
うまく引っ張ってあげると、良いところがたくさん出てきます。それなのに、家庭も教員もその素質を十分に引き出してあげられていません。なぜなら、たいていの親は、子どもが自分の知っている枠の中に収まっていれば安心するからです。
髙宮:具体的に、家庭ではどのようなことに取り組めばよいのでしょうか。
柳沢:もちろん、それは子どもの年齢にもよります。
脳科学者によると、子どもの前頭葉の活動が主に成長するのは10歳くらいからだといわれています。脳は後ろのほうから順に成長するらしいのですが、その部分は、運動を司る脳幹や小脳です。つまり、その年齢までは、自分の意思と体の動きを一致させることが大事というわけです。例えば、卵を割るときに、グシャッとつかんだら潰れてしまいますが、ちょうどよい力加減で、チョンチョンと叩いて殻にヒビを入れ、パカッと開けばきれいに割れます。
このように、自分の意思と体の動きをシンクロさせることが、10歳までの課題と言えます。 10歳は小学校4年生ですから、それまでは体を動かしておけばいいのです。
髙宮:受験があるからと言って、ただ机に向かわせるのは逆効果だと。
柳沢:はい。では、何をやらせたらいいか。それは、家のお手伝いです。
髙宮:開成の現校長である野水勉先生の、カレー教室の話を思い出しました。開成の子どもたちは、中学1年の最初にカレーを作るそうですね。
柳沢:はい。6月に実施する学年旅行中の恒例イベントです。最終目的地は富士山ですが、その前に相模湖に行き、カレー教室をやります。それも、ただ作って終わりではありません。今はSDGsの時代ですから、「ゴミの量を最小にしたチームが勝ち」というルールを設けて、グループ対抗で競います。
髙宮:そこでも競争させるわけですね(笑)。
柳沢:まず別々のクラスから7人を選んで1グループをつくり、ほぼ初対面のチームでカレーを作ってもらいます。不慣れなため、水を入れすぎてスープカレーになってしまう班が多いのですが、食べ残すとゴミになるので、最後にスープをごくごくと飲み干す生徒もいます(笑)。それぞれの性格や個性が見えて、面白いイベントです。
髙宮:生徒たちの手元が危なっかしいなどということはありますか?
柳沢:特にそう感じたことはないですね。例えば、東大の新入生に小さい頃の思い出についてインタビューすると、一番多いのが「親がよく話を聞いてくれた」という答えです。次点が「家事をしていた」という答えです。小さな子どもは、親が掃除機をかけていると、その周りにまとわりついて、自分でやりたがりますよね。それを面倒がらず子どもに任せると、親も楽できますし、子どももほめられて自己肯定感が上がります。
家事には、ほめるポイントがたくさんあります。卵を上手に割れなくて、殻ごと食べたようなところから、だんだんと上達して、上手に割れて、次第にだし巻き卵が作れるようになる。そこまでのステップを一つひとつほめていけばいいのです。
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少子化やグローバリゼーション、AIの台頭などが取り沙汰される今、知識をインプットすることはもちろん、自由な発想と柔軟な思考力、それを自分の言葉で表現する記述・論述力(アウトプット)が重要になります。
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