親から子への声掛けが「逆境に強い脳」を育てる

成田奈緒子
2024.02.07 17:07 2024.03.06 11:50

「逆境に強い脳」を育てる、親から子への声掛けの画像1

我が子を逆境に負けない子にするためには、幼いころからの言葉がけが重要です。「幸福に生きるための脳」を育てるコツを、医師の成田奈緒子さんが解説します。

※本稿は、成田奈緒子著『子育てを変えれば脳が変わる 』(PHP研究所)から、一部抜粋・編集したものです。

こころの脳は、幸福に生きるための脳

小学生

5歳までは、早寝早起きと食事を通して、からだの脳(姿勢の維持・睡眠・食欲・呼吸・情動・性欲などを司る脳)をしっかりつくる。

10歳までは、親も楽しみながら知識を吸収させ、おりこうさんの脳(知能・言語・知覚・情感・微細運動などを司る脳)をつくる。

その後―10歳ごろから、こころの脳の成長が始まります。

こころの脳のベースとなるのは、おりこうさんの脳に入っている知識や記憶。これらの十分な蓄積が、こころの脳の発達を促します。

こころの脳は18歳ごろまで成長し続けますが、中核期は10~14歳。小学校高学年から、中学生にかけて急激に成長します。

考える男の子


では、ここで改めて、こころの脳の機能をおさらいしましょう。

こころの脳の位置は前頭葉および、からだの脳から伸びている神経回路。なかでも重要なのが、序章でお話しした「セロトニン神経」です。セロトニン神経が前頭葉まで「つながる」ことで、物事を良い方向に持っていく力が備わります。

こころの脳の働きによって、感情をコントロールして、状況を適切に見極め、最適な行動を取ることができるようになります。

たとえば幼い間は、「情動」のみに従って行動しますが、こころの脳が育ってくると前頭葉をつかって「情感」を働かせ、突発的な衝動や感情を抑えられるようになります。

次いで、論理的思考力。「一人で留守番しているときに停電になった」などの場面で、情動レベルでは「怖い」と感じても、「いや、ひとまずスマホのライトをつけよう。ブレーカーを見つけてスイッチを入れたら、また電気がつくかも」といった冷静なシミュレーションができます。

そして、想像力や思いやり。困っている人を助けたり、友人たちの意見をとりまとめたり、「両親が帰ってくる前にお風呂を沸かしておこう」と気を利かせたりすることもできるようになります。

さらには、逆境にあっても心折れずに前を向ける「レジリエンス」の力も。「考えようによっては悪い状況ではない」といった視点転換や、「こうしたら解決するかも」といったアイデア創出ができます。

このように、こころの脳は、不安を取り除いたり、問題解決をしたり、他者とのつながりを築いたりするときに働きます。つまるところ、本人を「幸福な生き方」に導く脳だと言えるでしょう。

幼いころから、前頭葉を鍛える働きかけを

笑顔の母と息子

10歳以降の前頭葉の成長を最大限に促すには、事前の「仕込み」が必要です。

からだの脳・おりこうさんの脳を育てる期間は、その準備のときです。

その期間中に親ができる働きかけは、大きく分けて3つあります。

①「安心」をインプットする

こころの脳の機能を簡単に言うと、前頭葉の中で「大丈夫」という結論を導き出すことです。不安をコントロールしたり、論理を組み立てて問題解決したり、人を困難な状況から助けたり。その下地をつくるには、小さいころから親がこまめに「大丈夫」をインプットすることが大事です。子供が「不安」「痛い」「がっかり」などの感情に駆られているときに安心を与えてあげましょう。

②言葉を引き出す

前頭葉は、内面の思いを言語化しようとするときに活性化します。そこで有効なのが、前章でも触れた「子供の言葉を引き出す」コミュニケーションです。日々の会話のなかで、子供が自由に語れるような働きかけをしましょう。

③ルールを設定する

前頭葉が究極的に発達した先では、善悪の判断や、倫理観の形成がなされます。家庭生活のなかで「うちのルール」を設定することで、その原型をつくれます。ただし、煩雑で多すぎる決まりごとには意味がありません。本人が「生物として」「社会の一員として」生きるために不可欠なことを中心におき、シンプルに構成するのがコツです。

この3点を踏まえていただいた上で、以下、それぞれの働きかけの方法を、具体的に説明していきましょう。

「大丈夫」のベースをつくる声掛けを

手

人は生きていれば必ず、困難な状況に何度となく遭遇します。

そのときに「もうだめだ!」となるか、「いや大丈夫、なぜなら……」と思えるかで、人生は大きく変わります。

さてこの「大丈夫」は、目に見えるものではありませんね。実体のない概念、いわゆる「抽象語」です。

子供の脳は、10歳ごろになるまで抽象概念を理解できないと言われています。しかし、理解はできなくとも、乳幼児期から親が「大丈夫」という声かけを始終行うことで、子供は不安や落胆が、安心や希望へと変わる経験ができます。

たとえば駅のホームで電車に乗り遅れたとき、「ああ、電車行っちゃったね。でもすぐ次の電車が来るから大丈夫!」と言えば、ガッカリがニッコリに変わりますね。親が、「大丈夫」をつくるお手本を、自ら見せているわけです。

もっと素朴なレベルでは、子供が転んだ時に言う「痛いの痛いの、飛んでけ~」も「大丈夫づくり」の一例です。

「ほら、お山の向こうに飛んでったよ。だから大丈夫!」という結論は理屈として成り立っていませんが、乳幼児期ならそれで充分。親の笑顔と「大丈夫」という声で、安心して泣き止みます。

しかし5歳ごろを過ぎると、「そんなこと言われても、痛いものは痛い」ことがわかるようになってくるので、そこからは徐々に「理屈つき」の安心を与えていくのがコツです。

ちなみに我が家では、娘が転んだときの定番フレーズがありました。

「お母さんはお医者さんだから、骨折してるかどうか見分けられるよ!」
「足関節は? 動く、よーし」
「股関節は? 動く、よーし」
「膝関節は? 動く、よーし」
「骨折してないね。だから大丈夫!」

すると娘は10歳ごろから、自分で足首や膝や股関節を動かして、「よーし、骨折してない、大丈夫!」と言うようになりました。こころの脳が発達を始めた時期に、安心を自分でつくりだせるようになったのです。

安心は、最終的には自力でつくるものです。辛いときに人からアドバイスをもらうことも、慰めてもらうこともできますが、最後は自分が「大丈夫」と思わなくてはなりません。

小さいころから親によって安心を与えられていると、それがスムーズにできます。

幼いころの「理屈抜きの大丈夫」も、5歳以降の「~だから大丈夫」も子供のこころを強め、成長後の前向きさや、対応力の源となるでしょう。

成田奈緒子

成田奈緒子

小児科医・医学博士・公認心理師。子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表。文教大学教育学部教授。1987年に神戸大学医学部を卒業後、米国ワシントン大学医学部や筑波大学基礎医学系で分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。臨床医、研究者としての活動も続けながら、医療、心理、教育、福祉を融合した新しい子育て理論を展開している。著書に『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春新書インテリジェンス)、『高学歴親という病』(講談社+α新書)などがある。

関連書籍

子育てを変えれば脳が変わる(PHP研究所)

子どもの脳の発達を長年研究してきた著者は、今「健康な発達を阻害する子育て」が増えていると警告する。

幼い頃からたくさん習い事をさせる、親が帰宅する深夜まで寝かせない……。 しかし、子どもを健康に育てるために必要なことはただ一つ、「脳が育つ順番に沿った子育て」だと語る。

本書ではそんな「脳育て」の方法を丁寧に解説。読めばたちまち、子育てがラクになる!